ウクライナに関わり30年超の日本人エコノミスト「強さが試されるのはむしろ終戦後」

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西谷公明(エコノミスト/「ウクライナ最高会議経済改革管理委員会」元メンバー)

「プーチンの戦争」が14カ月に及ぶ中、ウクライナの領土奪還作戦の成否に国際社会も神経をとがらせている。ゼレンスキー大統領は2014年にロシアが一方的に併合した南部クリミアを含む全領土の奪還を掲げ、国民の結束と徹底抗戦を呼びかけるが、それが実現したとして、侵攻の口実にされた地域事情を乗り越えた一体的な統治は可能なのか。国民統合を図れるのか。旧ソ連からの独立にあたり、ルーブル通貨圏から離脱し、独自通貨フリブナ導入に至る国づくりのプロセスに関わったエコノミストに聞いた。

  ◇   ◇   ◇

 ──ソ連崩壊の流れで1991年8月に独立したウクライナに入り、最高会議(国会)の経済改革管理委員会に参画。計画経済から市場経済への移行に向けて走り出した現場で助言をしていたそうですね。

 当時在籍していた長銀総合研究所で、旧ソ連のマクロ経済調査を担当していました。8月政変(91年8月にソ連で起きたクーデター)の後、ウクライナを2回訪れて調査したことで縁が生まれ、92年5月から半年間、ゼロからの国づくりの実情を見させてもらいました。中央銀行の設立と銀行制度の整備、通貨発行と管理、財政や税制の確立など、ソ連の指令経済に組み込まれたウクライナは国民経済をイチから立ち上げなければならなかったのです。

 ──旧ソ連を構成した15共和国の中で、ウクライナはロシアに次ぐ規模でした。

 国土はロシアを除けばヨーロッパ最大で、旧ソ連の社会主義経済の一翼を担う重工業地帯、旧ソ連の食を支える穀倉地帯を抱え、黒海に面した港もある。それに、詩人シェフチェンコに代表される歴史文化も有している。民族主義者の独立への意気込みはものすごいものがあった。この国はモノになる、そう思いましたね。

■経済主権支える通貨発行まで5年

 ──フリブナ導入まで独立から5年を要し、移行期間に発行したクーポンが混乱に拍車をかけ、天文学的なハイパーインフレにも見舞われました。当時の動きは著書「ウクライナ 通貨誕生 独立の命運を賭けた闘い」に詳しいですが、なぜウクライナは自国通貨発行にこだわり続けたのですか。

 国家と通貨は不可分の関係にあります。経済主権を支える独自通貨を発行し、金融財政政策をコントロールできなければ、真の独立国家たり得ない。ソ連崩壊後のロシアはルーブル経済圏を維持し、周辺国に対する影響力を保持したまま計画経済から市場経済へ転換を図ろうとしたのですが、それに真っ向から逆らったのがウクライナでした。ウクライナはソ連崩壊によって独立しましたが、その独立とは他ならぬロシアのくびきから逃れることだったからです。

 ──独立から30年あまり。この間、大統領選では常に親ロ派と親欧米派がぶつかり合い、東西対立は解消されず、親ロ派政権を崩壊させたマイダン革命に乗じてロシアがクリミアを併合しました。

 ウクライナは東部ドンバスと西部ガリツィアの対立を引きずってきました。ドンバスは帝政ロシア時代以来の鉄の男たちの街。地元産出の石炭や鉄鉱石を活用した鉄鋼業が興り、旧ソ連有数の軍需産業コンビナートに発展した。そこで働く人はウクライナ人、ロシア人を問わず、モスクワの手厚い保護を受けてきたのです。

 一方、ガリツィアは歴史的に見てもヨーロッパそのもの。生粋の民族主義者が多く、彼らが独立政策をリードしていった。東からはロシアとのつながりを取り戻そうという力が働き、西からはヨーロッパ化の波が押し寄せる。国のありようは長らくやじろべえのようでしたが、独立志向の強い西部の考えがこの30年の間に東部まで徐々に広がってきた。

 そうした中、ロシアに侵攻され、領土を奪い返す戦いが1年以上も続き、以前はロシア語で生活し、ロシアに好意的だった人々までもがロシア敵視の感情を共有するようになった。私が感じたウクライナの最も大きな変化はそこですね。逆に言えば、クリミア併合というショッキングな出来事にあっても「ロシアにあらず」「反ロシア」という強烈な感情にまでは至ってなかった。こうした国民感情の変化がゼレンスキー大統領への高い支持につながっているのでしょう。

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