ライトパブリシティ 杉山恒太郎社長(1)「ピッカピカの~一年生♪」を手掛けた伝説のクリエーター
「だんだんと学校で孤独を感じるようになっていって。今思えば生意気だけど、同級生が幼く見えてきて、何をしてもつまらなくなってしまったんです」
そんな杉山少年に父親は大学付属の中学受験を勧めた。団塊の世代で同級生の数が多く、通っていた地元の小学校には仮設校舎が増築されたほど。「受験戦争」という言葉が使われ始めた時代でもあり、息子に競争は向かないと考えたようだ。
「進学した立教中学では勉強よりも野球やサッカーに夢中でした。銀座ACB(アシベ)などのジャズ喫茶や映画館に通い出したのもこの頃で、お洒落な大人たちからいろいろ教わった。ただ、当時のACBは不良の音楽とされていたロカビリーの演奏がメイン。同級生が行きたいというので連れて行ったら『こんなところに来る人だったんだね』と不良扱いされてしまいました(笑)」
立教高校ではサッカー部に入部した。何人もの選手が実業団に入る強豪で練習がハードなうえ、自宅から埼玉県新座市にある高校までは片道1時間半。毎日夜11時近くに帰宅する息子を心配した父親が練習を見に来たこともあったという。


















