「緊急事態条項」新設案の自己矛盾 “改憲”が目的化しているのではないか
「緊急事態条項」とは、戦争や大きな自然災害といった国家存亡の機に際して、権力分立と人権尊重を保障した憲法を一時停止して、首相に国家の全権を集中して効率的に国家の生き残りを図る、憲法の例外条項である。理論的には筋が通っており、他国にも先例はある。
憲法は本来、国家権力の乱用を予防する法であるから、権力分立、合議、選挙、人権尊重等、権力を牽制するようにあえて「非能率」な仕組みを作ってある。しかし「非常時」は、急激に大きな危険に襲われているために、原則通りに合議したり苦情に配慮などしていたら国そのものがなくなってしまいかねない場合である。だから、国の全権力を首相の掌中に収めて、迅速に対応して国家の存続を確保する。その際に犠牲が出たら後に補償する。そういう仕組みである。
ただ、わが国の「緊急事態条項」新設案はそれとは少し異なる。
自民党案(2012年+18年)は、自然災害の際に、内閣(つまり首相)が緊急事態を宣言したら、首相に、本務の行政権に加え、国会から立法権(=人権を制約する権限)と財政処分権(=国庫からの支出を決める権限)を移し、地方自治体に対する命令権も与える。そして、私たち一般国民は公の命令に従う義務を負う。
もちろん、事後に国会が宣言を解除する権限も規定されている。しかし、わが国の憲政の運営実態において、与党が首相に否を突き付けることなど想定しても無意味である。しかも、緊急事態宣言下で国会は休眠状態にされる存在である。にもかかわらず、「国会が機能しないと困るから」と言って、議員の任期延長が組み込まれている。
しかし、参議院の緊急集会制度(憲法54条)がある以上、最低でも3年間は国会の不在は生じない。しかも、3年を超える緊急事態など現実に想定できるものではない。矛盾している。
ところで、現行憲法は12条と13条で「人権も公共の福祉には従う」と明記している。だから、改憲などしなくても、非常事態の種類に応じて詳細な対策基本法を制定・整備することは可能で、現に行われている。そして、それは実際に有用である。
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