引退から10年…元巨人・條辺剛がうどんに賭けた第二の人生

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「このうどん、おいしくない!」

 今でも忘れられない「出来事」は、店が軌道に乗り始めたある日のことだった。

 50代ぐらいの初老男性が来店。うどんをすすった帰り際、唐突に條辺さんにこう告げた。

「このうどん、おいしくない。これで『讃岐うどん』という名で出してほしくない」

 悔しかった。自慢のダシは毎朝必ず2時間以上をかけ入念に煮込んでいた。麺に関してもノビ、なめらかさを日々追求。手を抜いたことは一度もなかっただけにお客さんからの一言は胸を貫いた。

「そのお客さんが冷やかしだったのか、讃岐うどんに精通する人だったのかは今でもわかりません。とりあえず謝りました。でも、1人のお客さんがそう感じたら『もしかしたら』という気になる。味に自信はありましたけど、相当落ち込みましたね」

 それからはより丁寧にダシ、麺作りにこだわった。

 うどんは天候や湿度で味や固さが微妙に変わる。同じものを作ること自体が難しい。塩水の量や濃度で微調整を繰り返し、毎日同じうどんを提供できるか。これが職人の腕の見せどころだ。

「『おいしくない』と言われた時は心底悔しかったんですけど、今思えばもう一度気を引き締めるいいきっかけになりました。そのおかげでここまで8年間、店を守り続けることが出来たかもしれません。色々なことを言ってもらえるのはありがたいことでもありますから」

 今も多くの常連客で賑わい、1日平均300杯程度を売り上げるのはこうした努力の積み重ねがあったからこそだろう。

■出店依頼は全て「拒絶」

 店の軌道が順調に続く今では、2号店の出店依頼や、名前貸しの話が次々と舞い込む。それでも、全て断り続けている。

「ある業者は『全部こっちで用意してロイヤルティーも出すから名前を貸して欲しい、というオイシイ話もありました。でも、自分のこだわりは店に立って自分の作るうどんを食べてもらうこと。それがお客さんとの信頼にもつながると思っている。そこだけは変えたくないし譲れない。多店舗経営ではそれは不可能ですからね」

 もっとも、現状に満足はしない。夢もある。巨人の本拠地・東京ドームの最寄り駅・水道橋で店を経営することだ。

「まだ3人の子供(7歳長男、4歳長女、2歳次女)が小さいですから具体的ではないんです。でも、野球で成功できなかった思いもありますし、ファンの人たちに気軽に寄ってもらえるうどん店を作って、応援してくれたみなさんに恩返しもしたいので」

 巨人の高橋由伸新監督は、條辺さんも現役時代に世話になった大先輩。球界を去る際にも気にかけてもらった。

「由伸さんはボクがクビになった時、携帯の留守電にメッセージを残してくれた数少ない先輩の一人。『困ったことがあったら遠慮なく連絡してこい』と。今でもあのメッセージには感謝しています。店がオープンした時も花を贈ってくれましたし、節目には声をかけてくれた。今度は僕が応援する番。色々な問題で大変でしょうが、店に来た巨人ファンのヤジはボクが引き受けるので、頑張って欲しいです。由伸さんの活躍する姿は自分の刺激にもなりますから」

 偉大な先輩の船出に期待を寄せながら、條辺さんも飲食界でのさらなる「成功」を誓った。

▽じょうべ つよし 1981年6月、徳島県生まれ。99年ドラフト5位で巨人入団。00年9月に先発でプロデビュー。01年は中継ぎとして46試合7勝8敗6セーブ。02年も47試合(2勝3敗)に登板してリーグ優勝、日本一に貢献。05年オフに現役引退後、修行を経て08年4月に「讃岐うどん 條辺」をオープン。現在に至る。店にかかる暖簾は長嶋茂雄氏(現巨人名誉監督)が書いた直筆色紙をもとにつくられた。

【讃岐うどん 條辺】埼玉県ふじみ野市上福岡1-7-9 営業時間 午前7時~午後3時 定休日 毎週火曜日(祝日の場合営業 翌日休み)電話番号 049-269-2453

【連載】元プロ選手「第2の人生」奮闘記

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