田口光久
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田口光久サッカー解説者

1955年2月14日生まれ。秋田県出身。秋田商高から三菱(現浦和)入り。76年に日本代表入りを果たし、日本代表Aマッチ59試合に出場。B、Cマッチを含めると161試合で代表守護神として活躍した。現役を引退する84年まで代表主将を務め、引退後は秋田経法大付属高、青森山田高、遊学館高、国際学院高サッカー部監督を歴任した。

森保監督のレベルアップと世代交代の折り合いを見守りたい

公開日: 更新日:

 読売クラブ/東京Vと清水でプレーした加藤久さん(62=東京V監督、JFA強化委員長、磐田GMなど歴任)、読売クラブ/東京Vと京都でプレーしたラモス瑠偉さん(61=東京V、岐阜で監督。現ビーチサッカー日本代表監督)が、日本サッカー殿堂入りした。加藤さんとは代表のチームメートとして苦楽をともにし、日本リーグではライバル読売クラブの攻守の主軸だった加藤さん、MFラモスさんと熾烈な戦いを繰り広げた。

 殿堂掲額式典後の懇親会で「こんなものが配られていました」と担当編集者から「1977年当時の日本代表メンバーの顔写真・プロフィール」のコピーを渡された。

 チーム最年長のFW釜本邦茂さん(当時33歳=ヤンマー)、DF落合弘さん(31=三菱)がチームのまとめ役となり、MF藤島信雄さん(26=日本鋼管)、古河のチームメート同士だったFW奥寺康彦さん(25)とFW永井良和さん(24)、DF斉藤和夫さん(25=三菱)やMF横谷政樹さん(24=日立)といった中堅どころに交じり、短めのスポーツ刈りの自分の顔写真が目に入った。22歳だった自分は、まだ初々しさが残っていた。

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