著者のコラム一覧
六川亨サッカージャーナリスト

1957年、東京都板橋区出まれ。法政大卒。月刊サッカーダイジェストの記者を振り出しに隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長を歴任。01年にサカダイを離れ、CALCIO2002の編集長を兼務しながら浦和レッズマガジンなど数誌を創刊。W杯、EURO、南米選手権、五輪などを精力的に取材。10年3月にフリーのサッカージャーナリストに。携帯サイト「超ワールドサッカー」でメルマガやコラムを長年執筆。主な著書に「Jリーグ・レジェンド」シリーズ、「Jリーグ・スーパーゴールズ」、「サッカー戦術ルネッサンス」、「ストライカー特別講座」(東邦出版)など。

大学生チームは1992年のバルセロナ五輪予選で惨敗した

公開日: 更新日:

 1991年6月から始まったバルセロナ五輪アジア1次予選は、メキシコ五輪銅メダリストの山口芳忠氏(1944年9月生まれ。静岡県出身。藤枝東高-中央大-日立)が指揮を執って香港に1敗したが、5勝1敗という結果で最終予選進出を決めた。

 山口監督は大学生中心の日本代表Bチームを率い、1988年に初めてアジアカップの予選を突破するなど若手チームでも実績はあった。

 しかし当時の日本サッカー界の大目標である五輪出場を託すには、指導力がやや不安視されていた。そこでJFAは横山氏を総監督に置き、横山監督自身の評価も五輪最終予選で下すことになった。

 23歳以下ということで、メンバーのほとんどが大学生だった。Jリーグがまだ開幕していないのだから、それも当然と言えば当然だった。

 当時の主なメンバーは次の通り。

 GKが下川健一(古河)はDFは相馬直樹(早稲田大。現鹿島監督)、名良橋晃(フジタ)、小村徳男(順天堂大)、石川康(本田)。MFは名波浩(順天堂大)、澤登正朗(東海大)、永井秀樹(国士舘大。現東京V監督)、長谷部茂利(中央大。現福岡監督)、藤田俊哉(筑波大)。FWが藤吉信次(読売クラブ)、三浦文丈(筑波大)、神野卓哉(日産)といった顔ぶれだった。

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    立花孝志容疑者を"担ぎ出した"とやり玉に…中田敦彦、ホリエモン、太田光のスタンスと逃げ腰に批判殺到

  2. 2

    阪神・佐藤輝明にライバル球団は戦々恐々…甲子園でのGG初受賞にこれだけの価値

  3. 3

    FNS歌謡祭“アイドルフェス化”の是非…FRUITS ZIPPER、CANDY TUNE登場も「特別感」はナゼなくなった?

  4. 4

    阪神異例人事「和田元監督がヘッド就任」の舞台裏…藤川監督はコーチ陣に不満を募らせていた

  5. 5

    新米売れず、ささやかれる年末の米価暴落…コメ卸最大手トップが異例言及の波紋

  1. 6

    兵庫県・斎藤元彦知事らを待ち受ける検察審の壁…嫌疑不十分で不起訴も「一件落着」にはまだ早い

  2. 7

    カズレーザーは埼玉県立熊谷高校、二階堂ふみは都立八潮高校からそれぞれ同志社と慶応に進学

  3. 8

    日本の刑事裁判では被告人の尊厳が守られていない

  4. 9

    1試合で「勝利」と「セーブ」を同時達成 プロ野球でたった1度きり、永遠に破られない怪記録

  5. 10

    加速する「黒字リストラ」…早期・希望退職6年ぶり高水準、人手不足でも関係なし