白井貴子さんが語るモントリオール五輪女子バレー「金メダル」と“ひかり攻撃”誕生秘話

公開日: 更新日:

■「ひかり攻撃」は「晩のおかず」を考えながら、背中を反らせてアタック

 そんな中で1年かけて完成させたのが平行トスからスパイクを打つ「ひかり攻撃」。Bクイックはセッターから2メートルくらいのトスを打つ。ひかり攻撃はBを飛ばしてセッターの位置から6メートルくらい離れたアタッカーが平行トスを打つ。こだま号じゃなくてひかり号。平行トスを空中で待ってから打つので難しい。

 先生には「白井、滞空力って何だ?」と聞かれました。ジャンプ力はわかるけど、滞空力は? それで「今日の晩ごはんのおかずは?」と考える時間があるのは! と言ったら、先生は「それ、それ」って。それには後ろにひねる筋力が必要。背筋や腹筋を鍛え、後ろに反って跳んだまま止まって、タイミングを合わせて打つんだよと。それができれば0.1秒くらい滞空できる……。それからは筋トレの毎日です。

 朝5時半に起きて1時間ランニング、練習終わりの夕方5時から1時間のウエート……。ご飯には麦を入れ、パンなら黒パン、砂糖もダメ、肉は100グラム食べたら野菜を1キロ食べなければいけないので禁止。それを1年やって体をつくり、ひかり攻撃が完成しました。

■メンバーを見た時とタイムアウトの時に勝利を確信

 日本はグループリーグを1位、セミファイナルラウンドで韓国を3-0で下し、ファイナルラウンドの優勝決定戦をソ連と戦った。

 山田先生が目指したのはひかり攻撃を中心にしたコンビバレーや専門チームをつくっての徹底したデータ分析です。

 仮想ソ連の練習は1年かけてやりました。ソ連は本番で隠し玉を出してくることで有名でした。エースがケガしているといっていたのにピンピンして出てきたとか、一度も見たことがない選手が出てきたり。そのために語学が堪能な通訳をつけ、ソ連の監督が何を言っているかをメモするスパイ大作戦をやった。向こうの監督が言ってたことを聞いたら「試合が終わったら何を食べるか」とかいい加減なことを言っていたらしい。

 決勝戦。メンバーを見た瞬間「勝ったな」と思いました。仮想ソ連そのままのメンバーでしたから。ソ連はメキシコ大会、ミュンヘン大会の優勝ではセッターのブルダコワがよかった。ギリ監督との息もとても合っていた。

 ところが、代わって起用されたベルゲンは気が弱くて。点を取られるとバタバタする。日本語で「しっかりしなさい」なんて言うと、それが雰囲気でわかるみたいでショボンとするの。そしてギリ監督がタイムアウトを取り、テーブルに座って「君たち、何をしているの?」とやっているのを見て、「勝った」と思いましたね。

■「涙のない優勝」の理由

 1セット15-7、2セット15-8、3セットは15-2。3-0の完勝。

 3セットは0点で勝ちたかった。でも、高柳昌子のイージーミスで点が入りました。私は彼女を見て鬼のような顔で怒りました。彼女はあの時の私は本当に怖かったと今でも言います。

 私も最後にミスをしました。3セットのマッチポイントでは2アタックを決めたけど、その前にものすごくいいボールが上がり、エースとしてはそれをバシッと決めなきゃいけなかった。金メダル! と思ったら肩に力が入り過ぎたみたい。あの試合で初めてアタックがアウトになった。あれだけは悔いが残ります。

 勝った選手はエンドラインに立って必ず泣きます。でも、私はメンバーに「絶対に泣くな」と言いました。ソ連以上に苦しい練習をやり、力は間違いなく日本が上。他の国とは違う、他と同じようにメソメソ泣くなと言いたかった。その代わり控室で泣こうと。それで「涙のない優勝」と言われました。

 今週開幕するパリ大会の女子代表は組み合わせ次第。どうしても得意な相手、苦手な相手があります。対戦相手に恵まれた時は期待できると思います。

(聞き手=峯田淳/日刊ゲンダイ

▽白井貴子(しらい・たかこ) 52年、岡山市生まれ。元日本代表のエースアタッカー。72年ミュンヘン五輪で銀、76年モントリオール五輪で金メダルに輝く。2000年、バレーボール殿堂入り。

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • その他のアクセスランキング

  1. 1

    スポーツ界に時代錯誤の事案が多発する根本原因…新聞社後援イベントは限界と危うさを孕んでいる

  2. 2

    GPシリーズ初戦SP、坂本花織は2位発進も…集大成の今季に待ち受ける茨の道

  3. 3

    出雲駅伝7位完敗の青学大・原監督に直撃「ばけばけ大作戦の点数? 0点でしょう!(苦笑)」

  4. 4

    JOC山下泰裕会長の療養離脱からはや1年…三屋裕子代行でも“無問題の大問題”

  5. 5

    極めて由々しき事案に心が痛い…メーカーとの契約にも“アスリートファースト”必要です

  1. 6

    広陵高の暴力問題が話題だが…私は世羅高3年で主将になって、陸上部に蔓延する悪習を全て撤廃した

  2. 7

    柔道五輪金メダリスト・松本薫さんは2週に1度ファミリーフィッシングで堤防へ「胸の奥には大物への渇望がくすぶっています」

  3. 8

    テニスの団体戦を愛するキング夫人はドジャースの共同オーナー 大谷獲得でも猛プッシュ

  4. 9

    大惨敗に終わった世陸を「トリプルミッションの好循環」(勝利、普及、資金)の観点から考えた

  5. 10

    “ミスター・ラグビー”と呼ばれた松尾雄治さん 西麻布で会員制バーを切り盛り「格安なので大繁盛だよ」

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「えげつないことも平気で…」“悪の帝国”ドジャースの驚愕すべき強さの秘密

  2. 2

    ドジャース大谷翔平が直面する米国人の「差別的敵愾心」…米野球専門誌はMVPに選ばず

  3. 3

    Snow Man目黒蓮と佐久間大介が学んだ城西国際大メディア学部 タレントもセカンドキャリアを考える時代に

  4. 4

    ポンコツ自民のシンボル! お騒がせ女性議員3人衆が“炎上爆弾”連発…「貧すれば鈍す」の末期ぶりが露呈

  5. 5

    高市新政権“激ヤバ議員”登用のワケ…閣僚起用報道の片山さつき氏&松島みどり氏は疑惑で大炎上の過去

  1. 6

    クマが各地で大暴れ、旅ロケ番組がてんてこ舞い…「ポツンと一軒家」も現場はピリピリ

  2. 7

    田村亮さんが高知で釣り上げた80センチ台の幻の魚「アカメ」赤く光る目に睨まれ体が震えた

  3. 8

    自維連立が秒読みで「橋下徹大臣」爆誕説が急浮上…維新は閣内協力でも深刻人材難

  4. 9

    ラウールが通う“試験ナシ”でも超ハイレベルな早稲田大の人間科学部eスクールとは?

  5. 10

    「連合」が自民との連立は認めず…国民民主党・玉木代表に残された「次の一手」