ジャパンOPテニスが空前の観客動員を実現できた背景…手放しで喜べないスポーツ興行の深刻事情
86年、史上最年少でウィンブルドン優勝のベッカーはその秋に東京のセイコースーパー決勝でエドバーグを破った。フェデラーの初来日はメジャー制覇から3年後、ジョコビッチは11年後、それも1度だけ。08年に上海で、ナダルに理由を聞いたことがある。
「行きたいよ。交渉してよ」……日本に来たいのに来られない。これはテニスに限らない。
先月開かれた世界陸上選手権は62万人を動員したが、こちらも普段は接する機会がない。かつて国際大会は頻繁に開かれ、ルイスやブブカはもとより、マイケル・ジョンソンの走り方まで見慣れていたから長嶋さんの「ヘイ、カール!」も話題になった(91年)。
時代が変わり、仕組みが変わったからだ。80年代は、ジャック坂崎ら個人がハイリスク&ハイリターンで選手を連れてきた。プロ化が進んで大手代理店が主導、それを排除する機運が出たのは良かったとして……仕事人がいなくなった。
さらに、日本にはテニスの公式戦開催にかなう会場は東京都管理の「東京・有明テニスの森」しかない。