錦織圭の復活が見えてこない背景 会場どころかプレスルームの雰囲気まで異常に暗い
以前、全仏のレッドクレーに合わせて茶色のジャケットを羽織ってさっそうとコートに現れた。下の新作ウエアは深緑。「抹茶色のウエア」という質問に、ジャケットの話題を期待していた圭君は「真っ茶色」と受け取って話がこんがらがった。
真っ黒、真っ白……「真っ茶色」なんてあるか、こんなのが笑い話になるくらい周囲とコミュニケーションが取れていた。
かつてテニス専門誌が5誌、隔週刊行を含め月に6冊も書店に並び、競って話題を掘り合った。技術分析や大会リポートに限らず、国内外のファッションやコメントの重箱の隅をつつき、批判あり皮肉あり、選手を怒らせ……誰でもアプローチできる多彩な切り口で遊び心を振りまき、松岡や伊達がいなくとも、テニス大会はダフ屋が出る人気だった。
いまや専門誌は辛うじて1誌だけ。最近の日本のテニス会場は、華やぎに欠け、堅苦しく、プレーのときめきが圧殺されている。4大大会を見れば、会場は人でごった返し、ぺちゃくちゃしゃべっても注意されず、笑い、プレーに見入り、感動し……こうした華やぎとの一体感の中でなければ錦織圭の復活はない。若い選手も出ないだろう。


















