カルガリー五輪銅メダル黒岩彰さんは群馬県嬬恋村の副村長に スケート界離れ転身を決断した理由
再び実家生活。妻子がいる東京の新居に帰るのは正月くらい
副村長の仕事は、村長のサポート。村長が行けないイベントに代理出席したり、土日も出かけることが多く、休みはほとんどないという。
「専修大学進学のために離れて以来ですから、嬬恋で暮らすのは44年ぶり。家族は東京・町田の新しい家に暮らし、私は単身赴任。といっても、実家の2階建ての離れで暮らし、食事は実家で世話になったりして、不便さはありません。両親は今も元気なんですよ。父親は94歳、母親は91歳。父親は今も朝2時半から畑に出て、キャベツの出荷作業を手伝っています」
町田の自宅には、29歳のときに結婚した大塚製薬勤務の薬剤師だった夫人と、31歳のスポーツトレーナーの長男が暮らす。大学病院の小児科医である35歳の長女は結婚し、現在は休職して1歳の男児の子育て中だ。
「私は年1回、正月くらいしか町田の自宅に戻れず、新しい家で過ごしたのは、まだトータルで2週間ぐらい(笑)。でも、私は26歳のときにカルガリー五輪で銅メダルを獲得し引退した後、所属していた国土計画(コクド)スケート部の監督や西武ライオンズ球団の代表になったりして、いつも海外や、国内でも北海道や長野を飛び回っていたので、家にはあまりいられなかった。家族は私の不在に慣れているでしょう」


















