カルガリー五輪銅メダル黒岩彰さんは群馬県嬬恋村の副村長に スケート界離れ転身を決断した理由
2年前にスケート界から離れた今も、海外の大会などの際は一時的に副村長の仕事を離れ、選手に同行しコーディネートを続けているそうで、多忙な日々だ。
さて、黒岩さんといえば、大学4年生のときの84年サラエボ五輪。世界スプリント選手権での活躍から“金メダル候補”に祭りあげられ大騒ぎされたものの、期待に応えられず500メートルは10位。4年後のカルガリー五輪、自己最速タイムで雪辱を果たしたとはいえ、五輪のプレッシャーに苦しんだ一人である。
「サラエボで10位に終わったとき、マスコミには手のひらを返され、『オレたちはなんのためにサラエボまで来たんだよ』と言われました。でも、私のために涙を流してくれた記者もいた。おかげで、なんとかマスコミ嫌いにはなりませんでした」
黒岩さん、こう言って笑顔を見せてくれた。
(取材・文=中野裕子)
▽黒岩彰(くろいわ・あきら) 1961年9月6日群馬県・嬬恋村生まれ。中学からスケート部。専修大に進み、84年サラエボ五輪出場。88年カルガリー五輪スピードスケート500㍍で銅メダル獲得。現役引退後は専修大学やコクドの監督などを経てNPBの西武ライオンズに出向し、松坂大輔投手のサポートに尽力。2004年球団代表。08年、スケート界に戻り、富士急行監督。14年からJOCコーチ。24年、嬬恋村副村長就任。



















