「自分でもアホだったな、と思うよ」不人気球団の懐事情を考え、契約更改を3分で退出
得点圏打率も高く、現代の細かい打者成績の指標からすれば、契約更改でも高い評価が得られたことだろう。
しかし、契約更改は「ハンコを押すだけ」だったという。
「早いときは、3分ぐらいで帰ったことがあるよ。俺の場合、交渉なんかしたことさえなかった。ただ話を聞いて、提示された金額を見てハンコを押して終わり。というのは、あの当時のパ・リーグで黒字球団なんてなかったでしょう。阪急にしても観客席はガラガラの不人気球団だったし、球団経営は親会社におんぶに抱っこだったことはわかっていた。その認識が根底にあったからね」
打席では勝負師だったが、契約更改の席では諸事情をわきまえた良識派の紳士だった。森本の現役時代は「巨人・大鵬・玉子焼き」と呼ばれた巨人人気全盛期。巨人と対戦するセ・リーグの5球団はその恩恵に預かるが、パ・リーグは1969年に起きた「黒い霧事件」の余波もあって、人気はどん底時代だった。
「他の選手の誰がどのくらいもらっていたとか知らなかったし、昔は代理人が交渉の間に入ることもなかったからね」


















