「自分でもアホだったな、と思うよ」不人気球団の懐事情を考え、契約更改を3分で退出
ところが、76年、中日ドラゴンズとの4対3の大型トレード(阪急は森本、戸田善紀、大石弥太郎、小松健二と、中日は島谷金二、稲葉光雄、大隅正人との交換)でその実情を知ることになる。
「トレードされて、中日の球団幹部に『森本さんの年俸って、こんなものだったのですか?』と驚かれたよ。『これでは交換相手の三塁手・島谷との釣り合いが取れない』と言ってくれて、かなり年俸をアップしてくれたよ」
当時を振り返って語る。
「これは後悔と言えば後悔かな。自分でもアホだったな、とは思うよ。でも阪急の選手は俺以外もそんなにもらっていなかったはずだよ」
西本幸雄監督時代に67~69年からパ・リーグ3連覇を達成。71~72年もリーグ連覇、前後期制が導入された73年は後期優勝。74年に上田利治が監督就任してからは、同年に後期優勝、75~78年はリーグ4連覇(75~77年は日本シリーズも制し、3連覇)を成し遂げ、文字通り黄金時代だった頃の内部事情である。
(中村素至/ノンフィクションライター)



















