世界陸上マラソンで金メダル谷口浩美さんは年金もらい、炊事洗濯の私生活。通学路の旗振り当番も日課に
後輩たちが世界と競えないのは「我慢の問題」
さて、谷口さんといえば、旭化成時代の91年の世界陸上東京大会で、日本人初の金メダルを獲得。期待を背負い翌年のバルセロナ五輪に出場したが、途中の給水所で靴が脱げて転倒し8位に。しかし、レース直後の「こけちゃいました」というコメントがウケて、銀メダルだった、旭化成の後輩の森下広一選手以上の注目を浴びたものだった。
「ボクが転倒したところは放送されていないと思ったので、“こけたから8位だった”と言い訳したつもりだったんです。帰国してから話題になっていると知り、驚きました」
世界陸上で金メダルをとっても、『こけちゃいました』がなかったら、みなさんの記憶に残るランナーにはなっていなかったでしょうね。去年、地元のテレビ番組で森下クンと対談したとき、『いまだに谷口さんには勝てない』と言われました(笑)。でも、ボクは彼にライバル心を燃やし、五輪直前は、彼に勝つことしか考えていなかったんですから、不思議なものです」
“世界陸上金メダルでも忘れられる”というが、いまだに世界陸上マラソンの日本人金メダリストは谷口さんだけだ。
「高校時代、陸上部の先生から日誌を書くよう指導され、ボクはレース展開や練習について、ずっと細かく記録し続けていました。そうしなければ、陸上選手として生き残っていけなかったからです。世界陸上東京大会の前、それまでの自分のマラソンの記録をすべて見直し、他の選手との駆け引きを含め、綿密なシナリオを描いてのぞみました。それがうまくハマりました」
こけても、五輪で8位。そう、日本のマラソンは常に世界と競ってきたものだが、だんだん差がついたのはなぜか。
「マラソンは我慢の競技。ボクより後の世代は豊かになり、普段から我慢を必要としなくなったからじゃないかと思います」
(取材・文=中野裕子)
▽谷口浩美(たにぐち・ひろみ)1960年4月5日宮崎生まれ。日本体育大学時代は駅伝で活躍し、大卒後、旭化成陸上競技部へ。85年、別府大分毎日でマラソンに挑戦し優勝。その後も東京国際などで優勝。91年の世界陸上東京大会で日本人初の優勝。五輪には2度出場し、92年のバルセロナは転倒し8位に。97年引退。指導者へ。



















