鈴木彩艶〈前編〉恩師が語る“根っからのレッズの子”の素顔と飛躍の原点(浦和ジュニアユース・ユース元監督・工藤輝央)
「トータル8カ月で身長が10cm以上伸びた」
──それはどうして?
「成長期にあまり練習をさせすぎると身長が伸びなかったり、成長が止まったりするという仮説があって、クラブとして取り組もうとした。彩艶の4つ上に当たる伊藤敦樹(ヘント)が中学生の時、ケガで長期離脱した際、身長がメチャクチャ伸びたという事例もあり、彩艶を休ませるという判断になりました。中1の3月~中2の冬前までトータル8カ月やりましたけど、身長が10cm以上伸びた。175cmから185cm超になり、最終的に今の190cmに達した。現代サッカーではGKのサイズ感が非常に重要視されているので、結果的にプラスに働いたのはよかったと思っています」
──クラブとして、そういう取り組みができたのは大きかったですね。
「はい。僕は読売ジュニアユースで南雄太(流通経済大学付属柏高校GKコーチ)と同期だったんですけど、中学3年間で彼が27cmも大きくなる姿を目の当たりにしました。2018年ロシアW杯日本代表だった東口(順昭=G大阪)君も中学生の時は160cmくらいだったと聞いていますけど、個別に成長のフェーズが違ってくる。そこにしっかりアプローチすることが指導者として大事だと考えていました。GKはサッカーの中でも個人に向き合いやすいポジションですし、本人ともじっくり話ができる。彩艶自身も最初はそれほど前向きではなかったですけど、少し考えて『今後を考えてトライするのも必要』だと決意してくれた。メンタルを切り替えたことが大きかったと思います」
──2010年代の後半は鈴木彩艶選手を筆頭にハーフの大型GKが年代別代表にも急増しました。
「JFAもサイズを重視して選手を選ぶようになりましたね。当時の日本代表監督だったハリルホジッチ監督も『代表GKは190cm以上ないとダメ』と話していましたし、彩艶はいい流れに乗れて、中3からU-15日本代表に呼んでもらえました」
──2017年U-17W杯には久保建英選手(レアル・ソシエダ)とともに飛び級で参加しています。
「代表定着までがすごく早かったですね。2017年夏の日本クラブユース選手権の時に1つ上の代表遠征に呼ばれたんで、予選リーグ2試合だけやって『彩艶、行ってこい』と送り出した記憶があります。最終的に日本サッカーを強くしたいというのが浦和のスタンス。それは僕自身も強化担当から教え込まれていたので、快く協力しましたし、W杯に選んでほしいなと考えていました」
──思惑通りにはなりましたが、当時は2つ上の谷晃生選手(町田)が正GK。鈴木彩艶選手は控えでした。2019年U-20W杯も、2021年夏の東京五輪もやはり谷選手のサブという位置づけでした。
「自分たちの世代が中心だった2019年U-17W杯以外は全て飛び級で参加したんですけど、『谷選手を越えないとA代表になれない』というのは彼自身も痛感したはずです。実際、小学生の頃から彩艶の同世代にはいいGKが沢山いました。ジョーンズ・レイ(藤枝)、熊倉匠(鹿児島)両選手がその筆頭ですけど、彩艶はつねにエリート街道を歩んできたわけではないんです。浦和ユースでも2つ上の石井僚(横浜FC)がいて、すぐにレギュラーになれたわけではなかった。そういう環境でライバルとつねに切磋琢磨して、いいところをうまく盗んできたことが大きかったと思います」(【後編】につづく)
(聞き手=元川悦子/サッカージャーナリスト)
▽鈴木彩艶(すずき・ざいおん) 2002年8月21日生まれ、23歳。ガーナ人の父と日本人の母を持ち、埼玉・さいたま市で育った。浦和ユース在籍中の19年2月、クラブ史上最年少となる16歳5カ月11日でプロ契約。23年8月にベルギー1部シントトロイデンに移籍。24年7月、イタリア・セリエAパルマに完全移籍。22年7月のE-1選手権で日本代表デビューを果たした。
▽工藤輝央(くどう・てるひさ) 1980年1月17日生まれ、46歳。東京都出身。中学時代は読売(現東京V)ジュニアユースに所属。昇格したユースでプレーを続け、高校卒業後は単身ブラジル留学。00年から指導者を志して広島朝鮮学園、作陽高でGKコーチ。浦和でジュニア、ユースで監督、トップでコーチを務めた。岐阜と仙台のGKコーチを経て24年7月、三菱重工浦和レッズレディースのスポーツダイレクターに就任。


















