「チーム若隆景」の団結力で手にした賜杯 今場所から“新設”「しまなみ親方賞」は誰の手に?
■チームの力で復活、若隆景
小結若隆景が12勝で並んだ大関霧島との優勝決定戦を制し、4年ぶり2度目の優勝を遂げた。
場所は最終的に、役力士9人のうち、2横綱2大関を含む5人が休場する異常事態となった。大関復帰直後の霧島を除き、横綱大関が相次いで欠けた格好だ。それでも最後は、役力士の実力者同士が真っ向勝負できっちり締めてくれた。
■5日目の鯛
若隆景は本割(11日目)では霧島に完敗していた。立ち合いで当たり負け、もろ差しを許す。得意の左上手を取るも腰を振って切られ、万全の体勢で寄り切られた。若隆景のよさを、霧島がすべて消した取組だった。
決定戦では、その反省を生かすかのように鋭く立って差し手を封じる一方、左からおっつけて速攻、霧島を退かせた。今度は若隆景が霧島のいいところをすべて消してみせた。本割と併せて見ると、短い勝負ながら実に見どころのある相撲だった。
若隆景はこれで、「直近3場所を三役で33勝」とされる大関昇進へ起点を築いた。思えば、2022年春場所、新関脇で初優勝。そこから関脇を維持し、大関に一番近いと言われた。しかし翌23年の春場所で右ひざを大けがし、3場所連続で全休、幕下にまで落ちた。じりじりと番付を戻して、昨年秋場所に大関とりに臨んだものの、今度は首痛で負け越し。一場所前の春場所は右ひじを痛めて途中休場した。
度重なる試練からの復活は、「チーム若隆景」で成しえたといえるかもしれない。さかのぼれば、荒汐親方(元幕内蒼国来)の助言があった。右ひざのけがからの復帰の道程で、出場に逸る本人を抑え、幕下に陥落するのを承知でもう一場所休ませて十分な回復を図らせた。
この夏場所中には、妻の計らいもあった。普段、多くを語らない若隆景が、戦い終えてほっとしたのか、一夜明け会見でふとプライベートを明かした。それによると、5日目くらいに、たまたまスーパーに売っていたからと、妻が丸々一匹の大鯛を買ってきた。そして(優勝した際の)予行練習だと言われ、それを持ち上げる写真を撮ったという。
私は「ん?」と思った。大鯛がスーパーにそうそう売っているか? 5日目といえば、初日から白星を重ねてきた若隆景がはたかれて手をつく不覚をとった日だ。そこで妻は、ゲン直しをしようと他のルートで密かに買ってきて、さらっと「スーパーでたまたま……」と言ったのではないか。夫思いの良き妻ではないか、とみるが、どうだろうか。リハビリ時には送迎もしてくれたという。
先日引退した長兄、元幕下若隆元の存在も大きいだろう。大事な場面で付け人を務めたり、相談に乗ったりして支えてきた。さあ、若隆景はチームの力を背に、真夏の名古屋、秋の東京と、再び大関とりに挑んでいく。(ひとつ挿話を。チーム若隆景の一人、長男の浬=かいり=くんが先日、江東区のわんぱく相撲大会の1年生の部で優勝した。若隆景いわく「自分の相撲より緊張した」そうで、お父さんの優勝に花を添えた。将来楽しみだ!)


















