「何やおまえ!」星野監督は鬼の形相でブチギレ、俺の首根っこを掴んで怒鳴り散らした
「おまえ、もう辞めろ」
2011年9月30日の試合前、京セラドーム大阪の監督室で星野仙一監督からクビを宣告された。
星野さんが楽天の監督になった時点で、ある程度の覚悟はしていた。成績が伴わなければ戦力外もあると、心の準備はしていた。この年は6月の右手薬指剥離骨折とスランプで成績はボロボロ(打率.229、11本塁打)。野球協約超えの大減俸(年俸1億円以上は減額制限40%=この年の年俸は2億5000万円)は覚悟していたけど、本当にクビになるとは思わなかった。
星野監督は一度決めたことは変えない主義。反論しても覆ることはないことは長い付き合いの中で分かっていた。その場で「分かりました」と言い、監督室を後にした。
その足で球団代表の米田純さんのもとに向かい、「監督にクビと言われました。監督に言われた通りに辞めます。自由契約でお願いします」と伝えた。すると米田さんは「そんな失礼なことできるわけないだろ! 頼むからコーチとして球団に残ってほしい」と狼狽。星野監督も「監督をやりたいなら俺の下で帝王学を学べ」とコーチ手形の提案や功労金など、いろいろな好条件を提示してくれたが、星野さんの下でコーチをやるつもりは1ミリもなかった。
米田さんに「自由契約で」と要望したことはすぐに星野監督に伝わった。試合後、宿舎のニューオータニホテル大阪の監督部屋に呼び出された。部屋に入るなり、星野監督は鬼の形相で俺の首根っこを掴み、怒鳴り散らした。
「何やおまえ! 辞めるって言ったやろうが!」
「はい、辞めます。自由契約で」
「何やと!?」
「辞めますけど、辞め方は自分で決めさせてもらいます」
プロ野球界で20年以上やってきた意地もあった。野村のオヤジ(野村克也元監督)の言葉も大きかった。クビ宣告からほどなくして電話で報告すると、オヤジはこう言った。
「そうか。で、
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