星野監督から6月時点で「来季の現役続行」を確約してもらったが…4カ月後、反故にされることに
2011年6月11日の中日戦で右手薬指を剥離骨折してしまった。約1時間半をかけた手術は無事に成功。関節をくっつけるため、チタン製のボルトを入れて患部を固定した。
少しでも早く治さないといけない。そう思ったのは、1カ月後の7月22日にオールスター(球宴)が控えていたからだ。開催場所は1戦目が古巣のナゴヤドーム(現バンテリンドーム)、3戦目がKスタ(現楽天モバイル最強パーク宮城)。元気な姿を見せたいという思いが強かった。
球宴出場は6度目だったが、この年は08年以来2度目のファン投票選出(一塁手=選手間投票はDHで1位選出)。震災の年だったこともあり、何が何でも出たかった。手術のとき、先生に「何としても球宴までには治してください」と無理なお願いをしたほどだ。そんなこと言われても先生も困っただろう。でも、それくらい必死だった。
実はこのリハビリ中だった6月、星野監督に“呼び出し”を受けている。どこだったかは覚えていないが、監督室に呼ばれて入ると、そこには監督だけ。2人きりの空間で、開口一番、こう言われた。


















