著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「ヤマンタカ 大菩薩峠血風録」夢枕獏著

公開日: 更新日:

 帯に「作家デビュー40周年記念作品」とある。筒井康隆が主宰する同人誌「ネオ・ヌル」に「カエルの死」を発表したのが1977年。この奇妙で新鮮な作品が、その年の「奇想天外」8月号に転載されてデビューというのが、夢枕獏誕生の瞬間である。時に26歳。あれからもう40年がたってしまったのかと思うと感慨深い。

 その記念すべき作品は副題に「大菩薩峠血風録」とあるように、夢枕獏版「大菩薩峠」だ。これが面白い。

 中里介山著「大菩薩峠」は実に不思議な小説である。全41巻の大長編だが、面白いのは最初の5巻だけ。この第5巻「龍神の巻」までは伝奇時代小説として面白いが、このあとは不思議な(厳しくいえば、でたらめな)小説になる。机龍之助は途中からいなくなってしまうし、最後はユートピア建設の話になるから構成が破綻しているといってもいい。

 そこで夢枕獏は、本書で作り替える。中里介山版では冒頭すぐに机龍之助に斬られる宇津木文之丞を物語からなかなか退場させず、重要人物として引っ張ること。さらに性格まで作り替えてしまうから、えっ、宇津木文之丞ってこんな男だったのかと驚きだ。

 その宇津木文之丞と机龍之助の剣の対決が白眉。こういう剣劇シーンを描くと夢枕獏の筆の勢いはいきいきと躍動する。重要なわき役として登場する土方歳三もいいし、中里版よりも本書のほうがはるかに面白い!(KADOKAWA 1800円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    立花孝志容疑者を"担ぎ出した"とやり玉に…中田敦彦、ホリエモン、太田光のスタンスと逃げ腰に批判殺到

  2. 2

    阪神・佐藤輝明にライバル球団は戦々恐々…甲子園でのGG初受賞にこれだけの価値

  3. 3

    FNS歌謡祭“アイドルフェス化”の是非…FRUITS ZIPPER、CANDY TUNE登場も「特別感」はナゼなくなった?

  4. 4

    阪神異例人事「和田元監督がヘッド就任」の舞台裏…藤川監督はコーチ陣に不満を募らせていた

  5. 5

    新米売れず、ささやかれる年末の米価暴落…コメ卸最大手トップが異例言及の波紋

  1. 6

    兵庫県・斎藤元彦知事らを待ち受ける検察審の壁…嫌疑不十分で不起訴も「一件落着」にはまだ早い

  2. 7

    カズレーザーは埼玉県立熊谷高校、二階堂ふみは都立八潮高校からそれぞれ同志社と慶応に進学

  3. 8

    日本の刑事裁判では被告人の尊厳が守られていない

  4. 9

    1試合で「勝利」と「セーブ」を同時達成 プロ野球でたった1度きり、永遠に破られない怪記録

  5. 10

    加速する「黒字リストラ」…早期・希望退職6年ぶり高水準、人手不足でも関係なし