「魔法使いと副店長」越谷オサム氏

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 埼玉県栗橋に妻子を残し、藤沢に単身赴任中の太郎41歳。本社復帰を目指して働く、大手スーパー「ホリデー」の副店長だ。しこたま飲んで帰宅したある夜のこと。月を眺めていると、アパートの窓を突き破り、ホウキに乗った魔法使いの女の子と人語をしゃべる小動物が、部屋に飛び込んできた――。

 こんな摩訶不思議なシーンから幕を開ける本書は、ごくフツーの中年男と魔法使いの少女という異色の組み合わせが織り成す、ファンタスティックな物語だ。

「以前、七夕の時期に青森の津軽鉄道に乗ったことがあるんです。車内に飾られていた子供たちの短冊を読んだら、女の子はみんな『プリキュアになりたい』と書いていた。魔法使いになりたい欲求ってすごいな、という印象がずっと頭に残っていて、そこにここ数年、僕の目に留まり続けている社会的事象を織り込んでみたのが今作です」

 次の満月までという約束で、魔法使い見習で14歳のアリスと、かわいい見た目とは裏腹に、中身はオッサンの小動物・まるるんの同居を許した太郎。しかし、天真爛漫なアリスに振り回され、「無難が一番」がモットーの太郎の日常は一変。積極的に他人と関わらざるを得なくなっていく。

「段差が危ないだの、箱はここから開けろだの、最近の社会って異常なほど『安心・安全』を気にしているでしょう? このうるささは異常ですよ。そんなこと言ってたら何も出来ないし、変化もない。だから物語では安心でも安全でもない環境に中年男を置いてやろうと(笑い)。これまで太郎は、厄介事から逃げていたんですが、人と関わることで得られる安心安全というものにも気づいていくんですね」

 一方、アリスは人間界の生活を楽しみながらも、魔法の練習に余念がない。12年の修行を終え卒業間近だが、実は落第寸前なのだ。

 そんなアリスと太郎の噛み合わない会話、また随所に出てくる40男の嘆きなど、実にユーモラス。だが、ただ楽しいだけの小説ではない。物語は中盤以降、アリスに隠された重い一面をのぞかせる。

 なぜ、アリスは魔法使いになったのか。落第すればどうなるのか。そして、友人の刑事が今も悔いている12年前の「川上亜璃澄ちゃん」事件とは……。

「自分が年を取ったせいか、ニュースで子供の事件を見聞きするといたたまれないんです。だけど社会問題を私が声高に言うのは違う気がするし、大上段に構えて指弾するような作品にもしたくなかった。その意味では、重いテーマほど、ファンタジーに向いていると思いますね。実は私はデビュー作のころから、密かに地方の過疎化など社会的な問題を織り込んでいる、プチ社会派なんです(笑い)」

 設定が荒唐無稽だからこそ、その他の描写はリアリティーにこだわった、と著者。

「ホウキで一回転する時に、丸い軌道を描くとムチ打ちになるので、風船のように回るとか、作中の月の満ち欠けも現実の日程に合わせています。嘘の中にいくつか本当があると、人は『本当では?』と錯覚するんですよ」

 その言葉通り、読むほどに、本当だったらいいな、と思わずにはいられない展開が待ち受ける。

 プチ社会派が贈るハートウオーミングな物語、ご堪能あれ。(徳間書店 1800円+税)

▽こしがや・おさむ 1971年、東京都生まれ。学習院大学経済学部中退。2004年、「ボーナス・トラック」で第16回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞。11年「陽だまりの彼女」が啓文堂主催「おすすめ文庫大賞」受賞。著書に「いとみち」全3巻など多数。

【連載】著者インタビュー

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