「裕次郎」本村凌二著
昭和32年、小学4年生だった著者は、正月映画として年末に封切られた「嵐を呼ぶ男」を見た。ライバルに左手を潰されたドラマーが、右手だけでドラムを叩きながら歌う。「おいらはドラマー、やくざなドラマー……」。その姿はとてつもなく格好良く、九州の片田舎に住む少年にとっては衝撃だった。以来、筋金入りの裕次郎ファンになり、裕次郎の没後30年に当たる今年、思いの丈を一冊の本にまとめた。
裕次郎が日活映画のスターとして活躍したのは昭和30年代。それは日本が戦後からようやく立ち直り、日本人の生き方、価値観が大きく変わっていった時期だった。そして著者の多感な青少年時代とも重なる。著者は裕次郎映画の中から10本を選び、大人の目であらためてその魅力を語り、裕次郎とともに歩んだ「あの時代」を回想している。
裕次郎初の主演映画は昭和31年の「狂った果実」。兄・慎太郎の脚本による無軌道な若者たちの物語は、日本版ヌーベルバーグともいえる作品だった。翌32年の「俺は待ってるぜ」は、波止場を舞台に、元ボクサーと、声をなくした元オペラ歌手の哀愁の叙情詩。同年の「嵐を呼ぶ男」のカッコいいドラマーは、母に拒絶される悲しみを抱えていた。
さらに「赤い波止場」「世界を賭ける恋」「憎いあンちくしょう」「赤いハンカチ」……。
裕次郎が歌う主題歌、北原三枝、浅丘ルリ子ら日活映画のヒロインと交わすセリフが要所要所で引用され、あの声が聞こえてくる。昭和の匂いが立ち上る。
著者は歴史学者で、裕次郎に直接会ったことはない。それでも、裕次郎はいつもそばにいた。なぜ彼は国民的スターなのか。読み終わると、じんわりと分かってくる。(講談社 1600円+税)