「する」でも「される」でもない中動態

公開日: 更新日:

「中動態の世界 意志と責任の考古学」國分功一郎著/医学書院 2000円+税

 表題にある「中動態」とは、かつてのインド=ヨーロッパ語族に存在していた「態」で、能動態と共に動詞体系を形成していたが、ある時期以降受動態に取って代わられ、現在は使用されていない――と書いても何のことやら分からないだろうが、とりあえずは、能動態の「する」と受動態の「される」のどちらでもない中動態というものがあったということを知っておけばいい。

 本書の冒頭には、アルコールや薬物などの依存症における意志と責任の問題に関わる短い対話が置かれ、最後に、同じ日本語を話しているのに、依存者側とそうでない人とでは相いれない2つの言葉が存在するように思えてしまう、それは何なのか、という問題提起がなされる。

 そして第1の扉を開けると、いきなり「私が何ごとかをなす」とはいったいどういうことなのかという問いを突きつけられる。ここから意志と行為の問題、意志と責任の問題が哲学的に語られていく。むろん、とっつきやすいものではない。なにしろ、ギリシャ語、ラテン語などの文法の説明から、アリストテレス、デリダ、ハンナ・アレント、スピノザ、ハイデッガーといった哲学者たちが登場し、それぞれについて綿密な考証を重ねているのだから。

 それでも、意志と責任の問題が中動態と並み居る哲学者とを見事に結びつけていく手際は、なんともスリリング。難解ながらも、著者に手取り足取りされながら、9つの扉すべてを開け、なんとか出口までたどり着いたときには、冒頭の対話と中動態や西欧哲学が抱えてきた「意志」との結びつきがおぼろげながらも見えてくる。さらには、本書が既存の哲学史・言語学に真正面から挑んだ壮大な試みであることも。

 軟らかいものばかり食べているとあごが弱ってくるという。たまにはこうした硬くて芯のあるものに挑戦してみるのもいいのでは? 〈狸〉

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    さすがチンピラ政党…維新「国保逃れ」脱法スキームが大炎上! 入手した“指南書”に書かれていること

  2. 2

    国民民主党の支持率ダダ下がりが止まらない…ついに野党第4党に転落、共産党にも抜かれそうな気配

  3. 3

    ドジャース「佐々木朗希放出」に現実味…2年連続サイ・ヤング賞左腕スクーバル獲得のトレード要員へ

  4. 4

    来秋ドラ1候補の高校BIG3は「全員直メジャー」の可能性…日本プロ野球経由は“遠回り”の認識広がる

  5. 5

    ギャラから解析する“TOKIOの絆” 国分太一コンプラ違反疑惑に松岡昌宏も城島茂も「共闘」

  1. 6

    国分太一問題で日テレの「城島&松岡に謝罪」に関係者が抱いた“違和感”

  2. 7

    小林薫&玉置浩二による唯一無二のハーモニー

  3. 8

    脆弱株価、利上げ報道で急落…これが高市経済無策への市場の反応だ

  4. 9

    「東京電力HD」はいまこそ仕掛けのタイミング 無配でも成長力が期待できる

  5. 10

    日本人選手で初めてサングラスとリストバンドを着用した、陰のファッションリーダー