「乗りかかった船」瀧羽麻子氏

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 会社員の愚痴として、よく耳にするものに、意に反した人事異動がある。希望の部署に行けない、できる人材が来ない、実力が評価されない、突然の左遷……、「人事は何考えてるんだよ」とぼやいたことがある人も多いはず。そんな人事をめぐる悲喜こもごもの物語7編の短編連作である。

「基本的に“人事部は敵”という構図がありますよね。以前、勤めていた会社で人事部にいたことがあるんですが、私は海外人事担当で、矢面に立つことはなく、中ぶらりんな感じで人事部の愚痴を聞かされるというポジションでした。そこで痛感したのが、人事部は社内で嫌われる、ということなんですね。これは素材として面白い、人事異動、特に左遷をテーマに小説を書こうと思ったわけです」

 物語の舞台は「北斗造船」という中堅船会社。社員数700人強、タンカー、フェリー、貨物船などを製造している。人事異動が主軸といっても実は人事部だけが舞台ではない。

 営業部が舞台の「海に出る」、建造部の「舵を切る」など会社の各部署を縦走していく。人物も、若手営業もいれば、中途採用の女性溶接工、技術開発管理職、最後は社長まで描かれる。

「企業小説というと、社員が一丸となって何かをするという話が多いですが、私自身、会社員生活が長いせいかドラマのようにドラマチックで壮大な会社って、あんまりないな、と思っているんですね。そういう話ではなくて、もっと何か違うアプローチができないかなと、今回の短編連作を書きました」

 7編の中でももっともシビアな左遷を描くのが「港に泊まる」だ。日和見と陰口を叩かれながらも着々と昇進してきた事業戦略室の太田武夫はある日、北海道の造船所長に任命される。

 昇格には違いないが、事実上の左遷である。人事部への怒りが収まらない太田だが、妻や娘の「春になったら遊びに行くね」という他人事な態度にもがっかりする。

 ひとり北へ向かう列車の中、呪詛を垂れる太田の心模様が描かれる。

 このほか、太田の後釜に入る“デキる女部長”の苦悩と健闘を描く「波に挑む」などを収録しているが、全編を通して印象深いのは、主人公と家族との関わりがあっさりしている点だ。苦境に立たされた人物に文句も言わず、優しく支える妻……という企業小説のド定番がない。

「たとえ配偶者でも、その人の会社での姿というのは家族に見えないわけですし、『結局、家族は助けられない』と私は思うんです、根本的な意味では。洗いざらい話す人もいるでしょうけれど、多くの人が会社で起きたことを家族に全部話しているわけではないし、全部共有できるわけでもない。でも家族に救われることもある。そのバランスはあったほうがいいと思い、リアルな家族の在り方を描きました」

 これまでも等身大の女性を描く作品が多かった著者が、会社員として働きながら時間をつくり、船会社を取材し、本になるまでに約3年かかったという。

「会社の人事には、会社の全部門を見渡した上で判断するという“全体最適”による人事というのがあるわけですが、小説を書くのもそれと同じで、全体の構成の中で登場人物をどう配置するかに悩むという点では、まさに人事部と同じなんですね」

 この作品の執筆時は激務の仕事についている真っ最中だったが、今は軽めの仕事にシフト。小説の執筆時間も確保できるようになったという。

「退屈な会議中には小説のプロットを考えたりしています(笑い)。造船業の次は農業の話を書く予定です!」

(光文社 1600円+税)

▽たきわ・あさこ 1981年、兵庫県生まれ。京都大学卒業。2007年に「うさぎパン」でダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞し、作家デビュー。女性に支持される等身大の恋愛小説を数多く執筆。「いろは匂へど」「左京区恋月橋渡ル」「左京区桃栗坂上ル」「松ノ内家の居候」など著書多数。

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