「特急二十世紀の夜と、いくつかの小さなブレークスルー」カズオ・イシグロ著

公開日: 更新日:

 1979年の秋、24歳のカズオ・イシグロは、リュックを背負い、ギターとポータブルタイプライターをぶら下げて、イングランドの小さな村バクストンに着いた。ロックスターを志していた若者は、住み慣れたロンドンを離れ、静けさと孤独の中で作家への転身を目指した。

 ある夜、差し迫った思いに駆られ、原爆投下後の長崎の物語を書き始めていた。自分が生まれ、5歳まで育った長崎、そして日本を、文字で記した。それは、幼い記憶や両親の会話の断片を材料に、自分の中に精緻につくられていった「私だけの日本」が失われてしまわないように、「保存する」作業にほかならなかった。

 ノーベル賞作家、カズオ・イシグロはどのようにして誕生したのかを作家自身が語った英語の講演の対訳本。個人的な体験を披歴しながら、創作への真摯な思いが語られる。

 トム・ウェイツの歌の1行、ハワード・ホークス監督の映画「特急二十世紀」などから重要なインスピレーションを得たこと。ナチスの強制収容所跡を見学した後、「両親の世代の記憶と教訓を、できるだけ力を尽くして、次に来る世代に伝える義務があるのではないか……」と考えるようになったこと。そして、次に書くべき作品のこと。

 平易で端正な訳文を通して、カズオ・イシグロの肉声が、確かに聞こえてくる。(早川書房 1300円+税)


最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    映画「国宝」ブームに水を差す歌舞伎界の醜聞…人間国宝の孫が“極秘妻”に凄絶DV

  2. 2

    「時代と寝た男」加納典明(22)撮影した女性500人のうち450人と関係を持ったのは本当ですか?「それは…」

  3. 3

    輸入米3万トン前倒し入札にコメ農家から悲鳴…新米の時期とモロかぶり米価下落の恐れ

  4. 4

    くら寿司への迷惑行為 16歳少年の“悪ふざけ”が招くとてつもない代償

  5. 5

    “やらかし俳優”吉沢亮にはやはりプロの底力あり 映画「国宝」の演技一発で挽回

  1. 6

    参院選で公明党候補“全員落選”危機の衝撃!「公明新聞」異例すぎる選挙分析の読み解き方

  2. 7

    「愛子天皇待望論」を引き出す内親王のカリスマ性…皇室史に詳しい宗教学者・島田裕巳氏が分析

  3. 8

    TOKIO解散劇のウラでリーダー城島茂の「キナ臭い話」に再注目も真相は闇の中へ…

  4. 9

    松岡&城島の謝罪で乗り切り? 国分太一コンプラ違反「説明責任」放棄と「核心に触れない」メディアを識者バッサリ

  5. 10

    慶大医学部を辞退して東大理Ⅰに進んだ菊川怜の受け身な半生…高校は国内最難関の桜蔭卒