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何度も小説を読み返すことの至福

「アーダ[新訳版](上・下)」ウラジーモル・ナボコフ著 若島正訳/早川書房 各2500円+税

 海外文学の翻訳が低迷して久しい。今年のカズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞など一時的な風は吹くものの、全体としては長期低落傾向が続く。そんな中でナボコフは「ロリータ」が初めて邦訳された1959年以来(原著は55年)、60年近く断続的に翻訳が続いている稀有(けう)な作家だ。

 それにはナボコフ生誕100年に設立された日本ナボコフ協会の役割が大きい。ロシア文学者と英文学者とが手を携えてつくったこの協会は、ロシア語作家であり英語作家でもある(一部にフランス語も)ナボコフを、それぞれの研究成果を持ち寄り、日本のナボコフ研究に格段の進歩をもたらした。そうした流れから生まれたのが英文学者である本書の訳者の手になる「ロリータ」であり、ロシア文学者の沼野充義が訳した「賜物」だ。

 本書は、「ロリータ」「青白い炎」と並ぶ英語期の3大巨峰の一つで、難物とされるナボコフの作品群の中でもひときわ難易度が高く、以前の翻訳(77年)を読んだ人はへきえきしたはず。さて、今回の訳でその難易度は低くなったかというと、そうではない。

 物語は、ロシアとアメリカが一体となった「アメロシア」が存在するパラレルワールドを舞台に、貴族の家に生まれたヴァンとアーダの、80年にわたるロマンスと愛欲の軌跡を回想したもの。とはいえ、英仏露語が飛び交い、時間が錯綜(さくそう)し、ナボコフお得意の言葉遊びがあふれるなど、その歯ごたえは半端ない。ナボコフの小説に慣れている人でも一回読んだだけでは、理解するのは難しいだろう。

 それでも今回の新訳では、ナボコフの仕掛けたトリックを可能な限り忠実に訳出し、多くの手がかりを明らかにしてくれている。それを水先案内として、丹念に何度も読み直すことこそ、小説を読むことの至福だろう。そして、このような訳者を得たナボコフは、なんと幸福な作家なのだろうか。 <狸>

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