記憶喪失の頼りない感覚を描く“奇妙な味の映画”

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「林檎とポラロイド」

 ちかごろ「記憶」に関わる不思議な映画が目につく。

 公開中の作品だと「選ばなかったみち」が若年性認知症で記憶を失う作家の話。先週末には他人の人格や記憶を乗っ取る女の殺し屋を描くSFホラー「ポゼッサー」が公開された。そして今週末封切りが、居眠りから覚めると記憶喪失になっていた男を描く「林檎とポラロイド」である。

「選ばなかったみち」は認知症のすきまから自分には別の人生があったんじゃないかと思い迷う主人公の心情があふれ出す。「ポゼッサー」は2代続けてSFホラー監督になったクローネンバーグ父子の息子ブランドンの自信作だ。

 しかし「林檎とポラロイド」はどちらとも似ていない。記憶喪失の主人公は、リンゴが好きという以外すべて忘れている。そこで彼に与えられた治療プログラムは「自転車に乗る」「コスプレして友達をつくる」「運転してわざと事故を起こす」「バーでナンパした女と行きずりのセックスをする」。しかもその様子をポラロイド写真に撮りなさいというのである。

 監督はギリシャ出身の新人クリストス・ニク。これが長編デビュー作というのにベネチア映画祭のオープニング作に選ばれたというオリジナリティーあふれる逸材だ。

 実際この映画、アート作品というには笑える場面が多く、かといってコメディーでもない。なんというか、記憶喪失のあてどなく頼りない感覚の中に観客全体が誘われる“奇妙な味の映画”なのだ。

「奇妙な味」とは、読み終えたあとに不気味な余韻の残るミステリーを指した江戸川乱歩の評語。昔は吉行淳之介や阿刀田高にもそんな題名の小説があったが、ここでは文豪トルストイの幼児向け絵本「3びきのくま」(福音館書店 1210円)を挙げよう。

 子どもが読むと大喜び、大人が読むと奇妙な味。その典型みたいな童話である。 <生井英考>

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