「遺伝学者、レイシストに反論する」アダム・ラザフォード著 小林由香利訳

公開日: 更新日:

 アメリカでたびたび起こる黒人への差別問題。理解しがたいと感じる人でも、人種への偏った思い込みを持っている人は少なくない。

 例えば、昨年の東京五輪。陸上競技の短距離種目やマラソンのトップを独占する黒人アスリートを見て、人種のおかげで成功を収めていると思ったことはないだろうか。本書では多くの人が持つ人種に対する固定観念を、遺伝学という切り口で覆している。

 現代における黒人アスリートの活躍を説明しようとするとき、アメリカで引き合いに出されるのが奴隷制だ。強さとパワーは奴隷となった男女に望ましい特質であり、所有者による計画繁殖という歴史もあった。またそうした性質を備えた人々は長く雇われ報酬を与えられた。その結果、より長生きして子供ももうけた。こうした不自然な選択が、遺伝子の優勢を増したというものだ。

 しかし、優れた身体能力が自然ではない選択によって進化してきたという考え方には問題があると本書。

 進化という点では2、3世紀は長い期間とは言えず、意図的な選択の結果、これらの遺伝子が定着するには不十分と言える。また奴隷制に基づく経済は画一化されたものではなく、例えば南部の農業の大半を占めた綿花栽培では求められる熟練度が高かったことから、パワーのある働き手は必ずしも必要ではなかった。まして、奴隷に望ましいとされるパワーは走ることよりも重量挙げの方がはるかにうってつけなのに、この競技で優勢なのは東欧勢だ。

「ユダヤ人は金儲けがうまい」など、肉体だけでなく知能に関わる固定観念も遺伝学で覆していく本書。人種への偏った思い込みは、やがて差別にもつながりかねないことを教えてくれる。

(フィルムアート社 2200円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  2. 2
    大谷2戦連続6号弾 先輩の雄星も驚く「鈍感力」発揮!名門球団の重圧や水原問題もどこ吹く風

    大谷2戦連続6号弾 先輩の雄星も驚く「鈍感力」発揮!名門球団の重圧や水原問題もどこ吹く風

  3. 3
    長渕剛が誹謗中傷に《具合が悪い》と告白…《話があるなら、来てほしい》と性被害告発の元女優に呼びかけ

    長渕剛が誹謗中傷に《具合が悪い》と告白…《話があるなら、来てほしい》と性被害告発の元女優に呼びかけ

  4. 4
    松本人志に文春と和解の噂も、振り上げた拳は下ろせるか? 告発女性の素性がSNSで暴露され…

    松本人志に文春と和解の噂も、振り上げた拳は下ろせるか? 告発女性の素性がSNSで暴露され…

  5. 5
    松本人志“性的トラブル報道”へのコメント 優木まおみが称賛され、指原莉乃が叩かれるワケ

    松本人志“性的トラブル報道”へのコメント 優木まおみが称賛され、指原莉乃が叩かれるワケ

  1. 6
    広末涼子“不倫ラブレター”の「きもちくしてくれて」がヤリ玉に…《一応早稲田だよな?》

    広末涼子“不倫ラブレター”の「きもちくしてくれて」がヤリ玉に…《一応早稲田だよな?》

  2. 7
    佐々木朗希にメジャー球団は前のめりも…ロッテ首脳陣が依然として計算できない脆弱ボディー

    佐々木朗希にメジャー球団は前のめりも…ロッテ首脳陣が依然として計算できない脆弱ボディー

  3. 8
    巨人の得点圏打率.186は12球団最低…チャンスに滅法弱く、立場が危うくなった打者3人の名前

    巨人の得点圏打率.186は12球団最低…チャンスに滅法弱く、立場が危うくなった打者3人の名前

  4. 9
    阪神・岡田監督ようやく取材解禁の舞台裏 もう怖いものなし?今後の報道に忖度生じる可能性

    阪神・岡田監督ようやく取材解禁の舞台裏 もう怖いものなし?今後の報道に忖度生じる可能性

  5. 10
    大谷は徹底した個人主義、思考回路も米国人…ゴジラ松井とはメンタリティーに決定的差異

    大谷は徹底した個人主義、思考回路も米国人…ゴジラ松井とはメンタリティーに決定的差異