「招かれた天敵」千葉聡著

公開日: 更新日:

「招かれた天敵」千葉聡著

 レイチェル・カーソンの「沈黙の春」は、刊行後60年以上経た今日でもますます重要性を増している環境問題の古典だ。DDTなどの化学農薬が引き起こすリスクを告発したこの書で、カーソンは化学農薬によらない害虫防除法として、生物的防除への取り組みを強く訴えた。有害な化学薬品を使わずに「自然」を用いる手法として脚光を浴びるが、本書は、果たして生物的防除は救世主なのかと問いかける。

 著者は天敵を用いた生物防除の試行錯誤の歴史をていねいにたどっていく。19世紀末、オーストラリアでは中南米原産のウチワサボテンが大繁殖して深刻な問題になっていた。そこで天敵であるカクトブラスティスという蛾を利用することになった。放飼されたこの赤い蛾は、どうやっても繁殖を抑えることのできなかったウチワサボテンを食べ尽くし、成功したかに見えた。

 しかし、カクトブラスティスはその後米国のフロリダに上陸してウチワサボテンを絶滅し、それを餌としていた陸ガメが危機に瀕し、当地の生態系に大きなダメージを与えた。

 ハワイのオアフ島では、サトウキビの害虫セマダラコガネの天敵としてオオヒキガエルを放飼したが、大増殖したカエルが人家まで入り込み噛みついた犬が中毒死するという事件が相次いだ。そのほか、意図せざる結果を招いた生物防除の失敗例が列挙されていく。

 進化生物学者である著者自身、小笠原諸島のカタマイマイというカタツムリの固有種を天敵のウズムシから守るための防御事業に携わったがうまくいかず、野生のカタマイマイが絶滅するという手痛い失敗を経験している。また生物集団を確実に調整し、バランスをとる力も方法も、自然にはそなわっていないことを強調する。

 といって、生物的防除をすべて否定してしまうのも早計。自然という複雑で気まぐれなものと対峙するには、過去の失敗に学ぶことが大事だと教えてくれる。 <狸>

(みすず書房 3520円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    不慮の事故で四肢が完全麻痺…BARBEE BOYSのKONTAが日刊ゲンダイに語っていた歌、家族、うつ病との闘病

  2. 2

    「対外試合禁止期間」に見直しの声があっても、私は気に入っているんです

  3. 3

    箱根駅伝3連覇へ私が「手応え十分」と言える理由…青学大駅伝部の走りに期待して下さい!

  4. 4

    「べらぼう」大河歴代ワースト2位ほぼ確定も…蔦重演じ切った横浜流星には“その後”というジンクスあり

  5. 5

    100均のブロッコリーキーチャームが完売 「ラウール売れ」の愛らしさと審美眼

  1. 6

    「台湾有事」発言から1カ月、中国軍機が空自機にレーダー照射…高市首相の“場当たり”に外交・防衛官僚が苦悶

  2. 7

    高市首相の台湾有事発言は意図的だった? 元経産官僚が1年以上前に指摘「恐ろしい予言」がSNSで話題

  3. 8

    AKB48が紅白で復活!“神7”不動人気の裏で気になる「まゆゆ」の行方…体調は回復したのか?

  4. 9

    大谷翔平も目を丸くした超豪華キャンプ施設の全貌…村上、岡本、今井にブルージェイズ入りのススメ

  5. 10

    高市政権の「極右化」止まらず…維新が参政党に急接近、さらなる右旋回の“ブースト役”に