「日本外交の劣化 再生の道」山上信吾著/文藝春秋(選者・佐藤優)

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「日本外交の劣化 再生の道」山上信吾著/文藝春秋

 前オーストラリア大使の山上信吾氏による驚愕の書だ。本書が描く現在の外務省は、外交官としての能力が基準に達していない猛獣や珍獣が少なからずいる「人間動物園」のようなところだ。

 もっとも安倍政権の北方領土交渉に関し、山上氏は事実を知らない。自分が知らないことについて、印象論での批判を展開する人は、外務官僚ならともかく、作家として生き残っていくことはできない。

 また本書を読むと元外務事務次官で現国家安全保障局長の秋葉剛男氏が政治に阿ねて外務省幹部人事を歪曲する人物のように描かれているが、これには納得できない。事実に反するからだ。秋葉氏は、自民党政権、民主党政権にかかわりなく、民主的手続きによって選ばれた内閣総理大臣を全力で支援する吏道を持つ人だ。自分の人事が思い通りにならなかったからといって、秋葉氏を逆恨みするのは筋違いと思う。

 本書によいところもある。例えば、<日本の外交官の個としての底上げのためにまずもって取り組むべき課題が語学力の強化であることは間違いない>という指摘だ。

 山上氏は1984年に外務省に入省したが、当時の外務省のキャリアは外務公務員専門職員上級職員試験、ノンキャリアは外務省専門職員試験で採用されていた。いずれも高度の外国語力が要請される試験だ。

 キャリアの試験が2001年に他の国家公務員試験に統合された(専門職員試験は存続)。それから、外国語の習得に適性も意欲もないキャリア職員が増えた。それに伴い専門職員の通訳力が落ちた。通訳のミスを発見する外国語力は、実際に通訳をする能力の数分の一で済む。ロシア語やアラビア語のような外務省用語で言う特殊語の場合、通訳は専門職員だが、会談に同席してその正確さをチェックするのはキャリアだ。キャリアがミスをチェックできなくなると、専門職員の緊張感が緩み、語学学習に真剣に取り組まなくなる。

 新試験では、キャリア外交官になるのに国際法の試験が必修でなくなった。この面での能力も低下している。外国語力と国際法の運用力の向上が外務省にとっての焦眉の課題だと評者は考える。 ★★

(2024年5月26日脱稿)

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