著者のコラム一覧
金井真紀文筆家・イラストレーター

テレビ番組の構成作家、酒場のママ見習いなどを経て2015年から文筆家・イラストレーター。著書に「世界はフムフムで満ちている」「パリのすてきなおじさん」「日本に住んでる世界のひと」など。

「アジア発酵紀行」小倉ヒラク著

公開日: 更新日:

「アジア発酵紀行」小倉ヒラク著

 一緒に旅をする機会を得ると、専門家ってすばらしいとしみじみ思う。サッカーライターの友人と南米を歩けば、わたしにはただの落書きにしか見えない壁の絵が地元サッカーチームのエンブレムだと知れる。語学の先生とモロッコの茶屋でミントティーを頼めば、茶屋の兄弟が話しているのがアラビア語かダリジャ(モロッコ方言アラビア語)かベルベル語か瞬時にわかる。建築家と東北をドライブしたとき、彼女は「あ、あのお寺ちょっと見ていい?」と古くておもしろい建物を見逃さないのである。

 どんなジャンルであれ専門家になるのは大変だ。でもそうなれたら、世界の見え方は俄然豊かになる。なんの専門分野ももたないわたしは、ただただ憧れるばかり。

 本書は「専門家が旅をする」深さと楽しさに満ちている。著者の肩書は「発酵デザイナー」。大学卒業後デザイナーになり、そのあと発酵食品に目覚めて東京農大に入り直した変わり種だ。微生物のプロジェクトや発酵食品の専門店を手がける経歴からユニークさがにおい立つ。

 そんな彼が訪ねる場所は、中国奥地の少数民族の村とか、民族紛争が勃発した戒厳令下のインド最果ての街とか、めちゃくちゃディープ。そのうえ専門家の目と舌と胃袋で旅をするのだから、紀行文のおもしろさは他の追随を許さない独走状態だ。時折さしはさまれる「酒の醸造法をおさらいしよう」「プーアル茶とは何かやや詳しく説明する」といった講義っぽい部分がまた楽しい。専門家がすばらしいのは、専門分野を愛しているからだ。その愛が世界の解像度を上げる。

(文藝春秋 1760円)

【連載】金井真紀の本でフムフム…世界旅

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    新生阿部巨人は早くも道険し…「疑問残る」コーチ人事にOBが痛烈批判

  2. 2

    大谷翔平は米国人から嫌われている?メディアに続き選手間投票でもMVP落選の謎解き

  3. 3

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  4. 4

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  5. 5

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  1. 6

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  2. 7

    維新・藤田共同代表にも「政治とカネ」問題が直撃! 公設秘書への公金2000万円還流疑惑

  3. 8

    35年前の大阪花博の巨大な塔&中国庭園は廃墟同然…「鶴見緑地」を歩いて考えたレガシーのあり方

  4. 9

    米国が「サナエノミクス」にNO! 日銀に「利上げするな」と圧力かける高市政権に強力牽制

  5. 10

    世界陸上「前髪あり」今田美桜にファンがうなる 「中森明菜の若かりし頃を彷彿」の相似性