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井上理津子ノンフィクションライター

1955年、奈良県生まれ。「さいごの色街 飛田」「葬送の仕事師たち」といった性や死がテーマのノンフィクションのほか、日刊ゲンダイ連載から「すごい古書店 変な図書館」も。近著に「絶滅危惧個人商店」「師弟百景」。

象の旅(横浜・南区)選書された各本が喜び、胸を張ってそこにいるかのよう

公開日: 更新日:

 観光・横浜のイメージから遠く、この辺りはごく普通の生活の街のよう。賑わう“横浜橋通商店街”の近くに、2022年11月、オープンした。広い窓から、色とりどりの絵本が見え、吸い込まれる。

 店主・加茂和弘さんは、コロナ禍直前まで不動産関係の会社に勤務。「自分の好きなことに立ち返ろう」が、開業の動機とのこと。「店名がユニークですね」と申し上げると、「この本からです」と、平台から、その名も「象の旅」という一冊を手に取った。

「ポルトガルのノーベル賞作家サラマーゴの作品。16世紀にポルトガルの国王が、ウィーンの親戚の結婚のお祝いに象を贈ろうとした史実に基づいた物語です」

店名になった一冊の本に胸をわし掴みされた!

 表紙に、象がにこにこと駆け行くイラスト。「象は、大勢に拍手され、見物され、あっという間に忘れられるんです。それが人生というものです」との帯の一文にも胸をわし掴みにされ、思わず「買います」と私。同様の人が多いようで、「もう200冊以上売れました」ですって。

 平台には、ほかにも佐々涼子「夜明けを待つ」、梨木香歩「炉辺の風おと」、瀬尾夏美「声の地層」など28冊が整然と並ぶ。各本が、1センチほど離して置かれているのはなぜ? 「接触リスクを避けるためです」と加茂さん。お客に最大にきれいな状態で手渡したいため、「本の中に挟まれているスリップなども取り除いて並べている」ってこだわり、すごいー。

 約10坪の店内に並ぶ約4000冊の本は、加茂さん自身の「好き率」も「読み率」も高いらしい。妙だが、選書されたことを各本が喜び、胸を張ってそこにいるかのようだ。食の棚で「伊丹十三の台所」「寄せ場のグルメ」「旅する八百屋」、旅の棚で「100年の旅」「英国本屋めぐり」「ソウル おとなの社会見学」をパラパラ。おっ、地元横浜の深部を描いた名著、山崎洋子「女たちのアンダーグラウンド」と山下清海「横浜中華街」がお隣同士だ。素晴らしい! と、心の中で叫ぶ。

 一回りして、海外文学、「象」がテーマの棚に行き着き、思った。満足感いっぱいだと。こうでなくっちゃ、街の本屋さんは!

◆横浜市南区浦舟町1-1-39/℡045・315・7006/横浜市営地下鉄ブルーライン阪東橋駅1A出口から徒歩5分/10時半~19時、火曜・第3水曜休み

ウチらしい本

「詩と散策」ハン・ジョンウォン著、橋本智保訳

「著者が詩を読み、韓国のいろいろな場所に散歩に出かけ、感じたことをつづった、25編のエッセー集です。白い世界が描かれた装丁が美しいのですが、見た目のイメージどおりの内容でした。彼女のまなざしがとてもやさしくて。寒い時季に読むと、心が温かくなります。23年2月刊。去年出た本で、私が一番好きな本です」

(書肆侃侃房 1760円)

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