「チャップリンが見たファシズム」大野裕之著

公開日: 更新日:

「チャップリンが見たファシズム」大野裕之著

 1932年の五・一五事件では犬養毅首相が暗殺されたが、実はこの暗殺の標的に喜劇王チャップリンも挙がっていたことが知られている。このときチャップリンは1年4カ月にわたる世界一周旅行の途次で、チャップリンが犬養首相と会うと知った青年将校らがもろともに暗殺を企てたが、チャップリンは偶然の助けで命拾いしたのだ。本書は生前未刊行のチャップリンの旅行記や関係者の証言、新聞・雑誌記事などに当たり、世界旅行におけるチャップリンの足跡を詳細にたどったもの。

 31年1月30日、ロサンゼルスでチャップリンの最新作「街の灯」のワールドプレミア上映が行われた。すでにトーキーが登場している時期にあえてサイレントで挑んだチャップリンだが、結果は予想以上の大反響だった。

 半月後、チャップリンは「街の灯」プレミアのためイギリスへ10年ぶりに帰郷した。世界一周旅行の始まりだ。行く先々での歓迎はとてつもなく、熱狂のあまり各地で大混乱を招く。この世界的大スターに面会を求める貴族・政治家や利を得ようとする企業家たちの攻勢も凄まじく、周囲のスタッフはその対応に躍起となる。

 一方、旅の間に深い仲となった女性とのスキャンダルを抑えるのもスタッフの役目で、その中でもチャップリンが最も信頼を寄せていたのが高野虎市という日本人秘書だというのも興味をそそられる。

 著者が注目するのは、この旅でドイツ、イタリア、スペイン、日本というファシズムが勃興する国々を見聞したことで、その後のチャップリンに大きな影響を与えたとする。あれほどの名声と財力を得ながら、常に庶民の視線で物事を見続けたチャップリンは、ナチスをはじめとするファシズムの危険をいち早く察知し、そこから「独裁者」という作品を生み出した。新たなる独裁者たちが世界を牛耳っている現在、天国のチャップリンは何を思うのだろう。 〈狸〉

(中央公論新社 2420円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    日本中学生新聞が見た参院選 「参政党は『ネオナチ政党』。取材拒否されたけど注視していきます」

  2. 2

    松下洸平結婚で「母の異変」の報告続出!「大号泣」に「家事をする気力消失」まで

  3. 3

    松下洸平“電撃婚”にファンから「きっとお相手はプロ彼女」の怨嗟…西島秀俊の結婚時にも多用されたワード

  4. 4

    阪神に「ポスティングで戦力外」の好循環…藤浪晋太郎&青柳晃洋が他球団流出も波風立たず

  5. 5

    俺が監督になったら茶髪とヒゲを「禁止」したい根拠…立浪和義のやり方には思うところもある

  1. 6

    (1)広報と報道の違いがわからない人たち…民主主義の大原則を脅かす「記者排除」3年前にも

  2. 7

    自民両院議員懇談会で「石破おろし」が不発だったこれだけの理由…目立った空席、“主導側”は発言せず欠席者も

  3. 8

    参政党のSNS炎上で注目「ジャンボタニシ」の被害拡大中…温暖化で生息域拡大、防除ノウハウない生産者に大打撃

  4. 9

    自民党「石破おろし」の裏で暗躍する重鎮たち…両院議員懇談会は大荒れ必至、党内には冷ややかな声も

  5. 10

    “死球の恐怖”藤浪晋太郎のDeNA入りにセ5球団が戦々恐々…「打者にストレス。パに行ってほしかった」