「青とうずしお」ドリアン助川氏
「青とうずしお」ドリアン助川氏
恩師の危篤の知らせを受けた主人公・沢田圭介が、四十数年ぶりに淡路島を訪れる場面から物語は始まる。ある事情で淡路島から唐突に離れたため、当初行くことに躊躇していたが、高校時代に所属していた人形浄瑠璃部で共に汗を流した友人の強い誘いを受け、勇気を出して思い出の地に再び足を踏み入れたのだ。
「関西育ちなので、淡路島の高校のクラブ活動に人形浄瑠璃部があることは知っていました。海外のファンから次作に『日本の伝統芸』を取り入れてほしいと言われたときに、淡路島の人形浄瑠璃部を思い出し、今回主人公が高校時代に所属していた部活動として設定しました」
話は幼い頃に母親を亡くし父と東京で暮らしていた圭介が、父親が刑務所に入ったことで東京にいられなくなり、祖母を頼り父親の故郷・淡路島に来た当時に遡る。誰にも言えない気持ちを抱えていた圭介は、高校入学を契機に新しい生活を始めようとして仲間や初恋の人に出会った。そして高校時代の回想の中で、圭介は島を去る原因となった出来事と向き合っていく。
本書は、過去のつらい記憶を心の奥底に抱えていた1人の男が、その出来事と対峙することで再生する物語だ。終わったはずの純粋で不器用な思いが、運命に翻弄された男を強く揺さぶる。
「私自身、高校時代の記憶は、ついこの間の出来事かのようにありありと思い出せます。他人を傷つけてしまった、罪なことをしてしまったと悔いて、それを理由に会えなくなった人に顔向けできないと思う主人公ですが、同じような心の傷や苦い思いを持つことは誰にでもありうる。1970年代後半から80年代にかけての高校生活の話にしたことで、当時の仲間に再会して当時の気持ちを克服する男の物語にすることができました」
高校時代に人形浄瑠璃の演目を巡って、初恋の相手と圭介が話し合う場面では、不遇な身の上ゆえに鬼となって成敗される物語の展開に疑問を感じる2人が描かれる。鬼として何度も殺される人形に、恵まれない境遇の自分たちを重ねた2人は、鬼が生き延びられるよう古くから引き継がれている伝統的な床本(人形浄瑠璃の脚本)を書き換えてしまうのだ。
「どんな肉体を持って、どんな時代に、どんな境遇で生まれるかは、本人には選べない。社会から排除されて声を上げられない人の象徴として鬼がいます。さまざまな状況下で大人になる過程で、人はある程度汚れることもある。たとえそうだとしても、何があっても生きていこうというメッセージを伝えたかった」
小説を書くにあたって、著者は高校の人形浄瑠璃部に体験入部したほか、渦潮を見に行ったという。渦の流れに乗って猛烈な速さで下っていく船や、どんなに進もうとしても止まったようにしか見えない船が、流転する人生の象徴に見えたという。
「若くなくなってからの方が人生は長い。だから若くなくなってからの方が、むしろ本番なのかもしれません。タイトルの『青』はまさに『青春』の『青』ですが、年齢とは関係のない心の若さがあるはずです。今まで必死に生きてきて気づけば50代、60代、70代を迎えていたという人たちを後押しする力に、この小説がなればうれしいです」 (新潮社 2365円)
▽ドリアン助川(どりあん・すけがわ) 1962年、東京生まれ。放送作家、「叫ぶ詩人の会」でのバンド活動、ラジオパーソナリティー、明治学院大学教授など活躍分野は多岐にわたる。映画化もされ海外でも人気の小説「あん」や「線量計と奥の細道」など著書多数。



















