加門七海(作家)文化は歴史を担う背骨となる

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6月×日 小松和彦著「いざなぎ流の研究 祭儀編」(KADOKAWA 7480円)を読み始める。最近の物価高は相当辛いが、紙やインク、製本技術、すべてが貧弱になっていくのを目にすると、今こそ紙の本を買わねばならないと考える。

 本書は720頁に及ぶ。2011年に上梓された「いざなぎ流の研究 歴史のなかのいざなぎ流太夫」(現在品切)の続編で、両書を併せると1450頁越え。小松氏が初めていざなぎ流を世に示した「憑霊信仰論 妖怪研究への試み」(講談社学術文庫 1408円)から42年、調査研究に着手してから50年を経ての集大成だ。

 いざなぎ流は高知県香美市(旧物部村)に伝わる民間信仰で、式神や呪詛など、オカルト好きが魅力を感じる要素も多い。だが、小松氏はじめ、多くの研究者が情熱を注ぐのは、この一民俗が「文化」というものの姿をまざまざと見せつけてくるからではなかろうか。

 いざなぎ流は神道、仏教、修験道、陰陽道、その他独自の信仰体系が複雑に絡み合い、その中に人の営みと願いのすべてを内包している。その佇まいに思い浮かぶのは、華厳経の「一即一切」だ。さまざまなものがあるからこそ、唯一が成立する。唯一があるからこそ、さまざまなものが立ち上がってくる。すべてが緊密に繋がるからこそ、世界は整う。いざなぎ流ならば、神・霊・妖怪、それに対する幣・儀礼、言葉だ。特に祭文--言葉の豊かさには目を瞠る。

 言葉は文化を育んで、文化は歴史を担う背骨となる。背骨は村の古老の言葉ひとつをも取り零さないことで強く、逞しくなっていく。しかし残念ながら、その背骨は今、骨粗鬆症になりかけているように思われる。いざなぎ流も文化財としては残っても、遠からず生活の一部としての役割は終えるに違いない。

 有為転変は世の習い。だからこそ言葉と書物を通じて、私たちの、国の背骨に宿る「一即一切」を見失わないようにしていきたい。

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