「おーい、応為」葛飾北斎とお栄、天才父娘が織りなす画業の相克
娘が父に抱いていたのは愛情か、憎しみか
物語は、お栄が夫に見切りをつけて父の薄汚れた長屋に転がり込む場面から始まる。新しい恋に破れた娘は父の姿に刺激を受けて作画を再開させる。紙屑だらけの一室で父娘は腰を曲げてひたすら自分の絵を描く。その姿はさながらライバルのせめぎ合いである。
父は娘の才能を認め、娘は父を尊敬している。しかし両者は愛情も敬意も口にしない。それどころかお栄は父を「おまえ」呼ばわりし、伝法な物言いで会話する。母こと(寺島しのぶ)は「おかあさん」と呼び、しおらしく接するが、父には傍若無人だ。
お栄は吉原に通い、遊女をじっくりと観察。彼女たちの働きぶりを絵にする。見事な筆致。反目しても、カエルの子はカエルなのである。
本作の大森立嗣監督はこう語っている。
「応為という女性は北斎(鉄蔵)の娘で、北斎と生活を共にした。絵の才能は抜群だった。彼女の描く美人画は伸びやかで美しく、北斎は自分よりいいと言った。だが残されている作品は数少ない」
かくしてお栄は再婚することなく、父北斎の面倒を見続ける。時には旅に随伴し、老父の衰えた足を支えるのだ。
彼女が父に抱いていたのは愛情なのか、それとも憎しみなのかわからない。われわれがスクリーンを通じて目にするのは2人の天才がわきめも振らず絵筆を走らせる姿だ。122分に渡って父と娘の相克が続き、龍は天に昇る。圧巻である。(配給:東京テアトル、ヨアケ)
(文=森田健司)