テニス部キャプテンを務めた“スポーツマン”日村勇紀と“お嬢様”神田愛花が歩んだキャリア
県立相模田名高校では陸上競技部に入部。競技で活躍した記録は残っていないが、代わりに同級生と「陸上部」というお笑いコンビを結成。これが芸人への足がかりとなった。コント赤信号のリーダー渡辺正行(70)が主催するお笑いライブに出演。高校卒業後、渡辺の個人事務所に所属することになった。芸能界のしきたりを学ぶために1カ月だけ、住み込みで渡辺の付き人も務めた。
「弟子に厳しいことで知られるリーダーですが、日村は一度も怒られたことがない。人間性をすごく評価していました」(プロダクション関係者)
陸上部はまもなく解散したが、21歳の時に設楽統(53)と出会いバナナマンを結成した。
一方、横浜市の裕福な家庭で育った神田は受験に翻弄される日々を送った。幼稚園時代は、お受験の塾にも通った。しかし、受けた小学校は“全落ち”。模試で合格確実判定が出ていたところもダメだった。神田は自著「王道っていう道、どこに通ってますか?」(講談社)の中で、落ちた原因について触れている。自己紹介の好きな本の欄に昆虫図鑑と書いていた。面接で好きな昆虫を聞かれ「ゴキブリ!」と答えたのがまずかった。試験官に不潔な家庭環境を想像させてしまったようだ。


















