著者のコラム一覧
荒木経惟写真家

1940年、東京生まれ。千葉大工学部卒。電通を経て、72年にフリーの写真家となる。国内外で多数の個展を開催。2008年、オーストリア政府から最高位の「科学・芸術勲章」を叙勲。写真集・著作は550冊以上。近著に傘寿記念の書籍「荒木経惟、写真に生きる。荒木経惟、写真に生きる。 (撮影・野村佐紀子)

<62>歌人・宮田美乃里さんからの手紙「片乳房の無い私の裸体を撮ってはいただけないでしょうか」

公開日: 更新日:

 この写真はね、新宿御苑の満開の桜の木の下で撮った歌人の宮田美乃里さん。この写真を撮った一年後の春に彼女は逝ってしまったんだ。彼女から「撮って欲しい」って手紙がきてね、彼女のことは、朝のワイドショーで取り上げられているのを偶然見てたんだよ。

(進行性の乳がんを患い、余命数ヶ月と宣告された宮田美乃里は、「先生、片乳房の無い私の裸体を撮ってはいただけないでしょうか」と綴った手紙を荒木に送った。2005年3月28日、34歳で永眠)

 彼女は静岡に住んでてね。最初に会ったのは(2004年)1月4日。静岡駅の改札で着物姿で待っててくれて、自分が一番好きな場所だって、海に連れてってくれた。それから何度も、詠んだ歌と手紙をくれたんだよ。彼女の歌とオレが撮った写真の本を出したんだ。

「三十一歳のとき乳がんを告知され、三十二歳で左乳房を全摘出した私が、ヌードになった理由は、簡単に言えば一つです。/乳房を失っても『私は女である』ということを世の中に示したかった、ということです。言い換えれば、同じように乳がんで乳房を失った女性を勇気づけたかった、ということです。/(略)私は自分の身体を公にしました。そういう悩める女性にこそ、私のありのままの姿を見てほしかったのです。/(略)私は、自分の胸の傷跡も、痛みも、悲しみも、すべてを自分の『誇り』だと思っています。(略)/そんな私の想いを、全身で受け止め、形にしてくださったアラーキーこと荒木経惟先生に感謝いたします。そして、この本を手にしてくださった、すべての方に感謝の気持ちを捧げます。/私は一輪の花、いいえ、すべての女性が花であるのです。」(共著『乳房、花なり。』より〔2004年ワイズ出版より刊行〕)

葬式写真は一点だけの個展

 彼女が亡くなって、静岡の葬式に行ったんだよ。どういう順序になってるんだかオレにはわからないんだけど、葬式に行ったら彼女はもう骨になってたのよ。葬式だと、その後に火葬場に行くとかでしょ、でも、行ったらもう、祭壇に置いてあったんだよね、オレが撮った写真も。彼女に渡したマリアみたいな横顔の写真がね。「生前に、もう葬式用の写真は撮ってあるってウチの娘が言ってました」って彼女のお母さんがね。葬式写真っていうのは、一点だけの個展だからね。その葬式写真が置いてある祭壇を撮ったんだ。「このあと、初七日も一緒にやりたいんですけど」って言われたんだけど、「いやぁ~、アタシは……」ってカッコつけて辞退して、彼女と初めて会った静岡の浜辺にひとりで行ったんだ。『空事』(2005年刊写真集)は、彼女への追慕っていうか、彼女に捧げたいっていう気持ちでつくったんだよ。

(構成=内田真由美)

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    立花孝志氏はパチプロ時代の正義感どこへ…兵庫県知事選を巡る公選法違反疑惑で“キワモノ”扱い

  2. 2

    タラレバ吉高の髪型人気で…“永野ヘア女子”急増の珍現象

  3. 3

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  4. 4

    中山美穂さんの死を悼む声続々…ワインをこよなく愛し培われた“酒人脈” 隣席パーティーに“飛び入り参加”も

  5. 5

    《#兵庫県恥ずかしい》斎藤元彦知事を巡り地方議員らが出しゃばり…本人不在の"暴走"に県民うんざり

  1. 6

    シーズン中“2度目の現役ドラフト”実施に現実味…トライアウトは形骸化し今年限りで廃止案

  2. 7

    兵庫県・斎藤元彦知事を待つ12.25百条委…「パー券押し売り」疑惑と「情報漏洩」問題でいよいよ窮地に

  3. 8

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 9

    大量にスタッフ辞め…長渕剛「10万人富士山ライブ」の後始末

  5. 10

    立花孝志氏の立件あるか?兵庫県知事選での斎藤元彦氏応援は「公選法違反の恐れアリ」と総務相答弁