正直者はいない? 「医療訴訟」で執刀医が誰かわからない不思議
手術で後遺症を負った患者と裁判を引き継いだ遺族は、病院と医師3人を訴えていました。手術には3人の医師が関わっていました。裁判所は、病院の賠償責任は認めましたが、医師への請求は「3人のうち誰の責任か特定できない」として棄却しています。訴えた患者と遺族は、金銭よりも、医療ミスの真相を知りたかったようです。でも、最後まで真相は明らかになりませんでした。もし、病院側の対応が違ったら、裁判にならなかったかもしれません。
世の中には真相を隠す病院があります。なかには「個人情報ですから」などと嘯く病院もあります。患者が自分の受けた手術の執刀医を尋ねているのに「個人情報」とはマンザイの「オチ」としか思えません。
1990年5月の出来事です。シドニーで私は生まれて初めて冠動脈バイパス手術を70代のイタリア人の患者さんに執刀しました。術後経過はまったく問題ありませんでしたが、毎日、病棟に彼を訪問しました。
彼は察知して「おまえが私の手術を執刀したのか?」と聞くので「そうです」と答えました。彼はにっこりして「これからおまえはどれぐらい、この手術をやるんだ。1000例か? 1万例か? 私がその1例目になれたことはとてもうれしい!」と言ってくれました。その時の彼の顔は目に焼き付いています。
何があっても、自分は心臓外科を一生続けるぞ、と心に誓った次第です。何が起ころうと、誰がどう言おうと、正直を通す!「咸有一徳」(「書経」商書17編)です。



















