松尾雄治さん(3)「勉強なんかするな」「運動だけやってろ」「五感を磨け」のユニーク教育
1985年1月15日、新日鉄釜石と同志社大の日本選手権決勝が国立競技場で行われました。この試合が引退試合になった松尾さん。化膿性足関節炎で左足首は腫れあがり、大きく切開された痕もそのままでした。
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──切開で膿を抜いた後どうされましたか?
「ドレインというチューブみたいなものを傷口に入れて、膿を抜いてました。抗生物質を飲んで安静にしていましたが、決勝戦まで10日もない。とてもじゃないが、試合に出られるような状態ではありませんでした」
──それでも出たんですよね。
「苦楽を共にした主将の洞口孝治から『5分でも10分でもいいから出てくれ』と言われ、新日鉄のお偉いさんからも『何万人ものお客さんが君を見に来るんだぞ』と諭されました。ですから、ちょっと出てダメだったら、すぐ交代するつもりだったんです」
──それでもフル出場されたんですよね。


















