コロナ禍で介護崩壊の危機 自宅で母を看取った当事者語る

公開日: 更新日:

 終末期の親を見送る家族の風景がガラリ一変している。老人ホームや病院は面会禁止で、やむを得ず自宅に引き取るケースが増えている。緊急事態宣言下に母を見送った国士舘大学講師の安重千代子さんもそのひとりだ。

  ◇  ◇  ◇

「コロナ感染が拡大する前は本当に元気で、友人と食事に行く約束までしていたのですよ」

 医療サービス学も大学の研究テーマにしている安重さんは、4月の終わり、86歳になる母を自宅で看取った。新型コロナウイルス感染による死亡ではない。健康だった親が老人ホームで急に体調を崩したのだ。

「もちろん、年相応の病気は抱えていましたが、こんなにあっけないとは……」

 異変が訪れたのはコロナ騒動が起きてから。高級老人ホームに入所していたが、面会が原則禁止になったあたりから体調を崩すようになったという。

「親族でも面会は原則禁止でした。病気になったので病院に受け入れてもらおうにも、病院も面会や付き添いが制限されています。それではあまりに母がふびんでならず、自宅に引き取って自分が看病することにしたのです」

 安重さんが言うように、都内の東京医科歯科大学、順天堂医院でも面会は原則禁止。慶応義塾大学病院はさらに厳しく、入退院時、手術当日など医師または看護師等から許可の連絡が入った場合のみ。洗濯物の受け渡しも15時から17時の間の5分程度に制限されている。完全個室の聖路加国際病院はやや例外的で、入院中の面会は1人、緩和ケア病棟の付き添いは2人まで認められている。

 やむを得ず、自宅で親の看護や介護にあたる家族が増えることになる。

厚労省が異例の「介護サービス継続」を要請

 通常、有料老人ホームは終末期の看取りまで施設内で行ってくれるもの。だからこそ安心して親や配偶者を預けるのだが、ウイルス感染への懸念を理由にサービスをやめる老人ホームが発生し、厚労省も問題視。

 9月4日付の「事務連絡」で《新型コロナ感染の懸念を理由に当該サービスの利用を制限することは不適切であり、(中略)各種訪問系サービス及び通所系サービスや、訪問診療、計画的な医学管理の下で提供されるサービス等について、不当に制限することがないよう》に有料老人ホーム等に対して周知をお願いしている。

■面会禁止で「あなた誰?」

 具体的には、骨折で入院した高齢者が完治後に元の老人ホームに戻ろうとしても受け入れを拒否されたり、デイサービスの停止、体操や他の入所者との接触の制限、面会がテレビ電話に限られるといった事例がある。久しぶりに面会に行ったところ、ガラス越しに話していた親が「娘である自分の名前を忘れていた」といったこともあるようだ。

「たとえこんな時期であっても介護サービス低下はあってはなりません。区内の介護サービス事業者や施設には、感染を防ぎつつ通常と同様のサービスを行ってくれるようにお願いしています」(東京都大田区介護保険課担当者)

 大田区は独自のサービス継続緊急支援金を交付し、今後予想されるコロナ第2波に備えている。とはいえ、いったん施設内でクラスターが発生してしまえば、計画通りに事は運ばない。実際、大田区内の特別養護老人ホームで4月に入所者12人の感染が確認されたが、全員が入院できたのは1週間後だった。立川市や武蔵野市などの病院を探しに探し回って、ようやく受け入れ先が見つかった。

 サービス事業者がおっかなびっくりになるのは当然。さすがに米国の老人ホームのように遺体を山積みにしたまま放置するといったことはないだろうが、これから季節性インフルエンザの流行期(11月~2月)に入れば、厚労省が必死に要請しても“自主休業”したりする事業所は出てくる。

「高齢者は原則、PCR検査でコロナの陽性が出れば、入院により対応がなされます。ところが、医療機関が満床等の場合は例外的に軽症患者は施設内でケアすることになっています。ただ……」(介護事業者のひとり)

 この場合、保健所の指示のもと、居住スペース(レッドゾーン)と職員の待機場所(クリーンゾーン)を分け、完全防護服にゴーグルの職員が陽性者の食事・排泄介助等を行わなければならない。病院の看護師でもあるまいし、訓練も受けていない一般の介護職員には到底ムリがある。かといって、老人ホームで暮らす高齢者をホテルで自主隔離するわけにもいかない。

 当然ながら職員の負担を減らすため、健康な陰性の入所者を一時的に自宅へ戻したりする老人ホームも出てくる。

 安重さんは「今から自宅で親を看取ることを念頭におくべきです」と言ってこう続ける。

■「自宅で母を看取れてよかった」

「私は大学の講義がウェブ授業でしたので、比較的、時間は取れました。医師の指示のもと、点滴も経験しています。以前に父を病院で看取っていて、それが当たり前と思っていましたが、コロナ禍においてそれは常識ではないと知ってほしい。とはいえ、振り返ってみれば、自宅で母を看取れてよかったと思っています」

 葬式は安重さんと夫、弟夫婦の4人のみで執り行っている。高齢の親族には訃報を伝えていないという。コロナ第2波とインフル流行は目前に迫る。今から、いざ老人ホームを出た時に誰が親を預かるのか話し合っておいた方がいいだろう。

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のライフ記事

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    大谷翔平は要警戒…ダルも不信感抱くア・リーグ東地区の“インチキ”に気をつけろ

    大谷翔平は要警戒…ダルも不信感抱くア・リーグ東地区の“インチキ”に気をつけろ

  2. 2
    泉ピン子全国行脚の朗読劇で“最後のお願い”も…石井ふく子氏から見放されTV出演は細る一方

    泉ピン子全国行脚の朗読劇で“最後のお願い”も…石井ふく子氏から見放されTV出演は細る一方

  3. 3
    ジャニー喜多川氏の性加害を暴いた“禁断の書”の中身…超人気アイドルが「ジャニーさんが、ジャニーさんが…」

    ジャニー喜多川氏の性加害を暴いた“禁断の書”の中身…超人気アイドルが「ジャニーさんが、ジャニーさんが…」

  4. 4
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  5. 5
    「松本人志オワコン説」は本当か? ケンコバの元相方が長年の“悪しき慣習”を痛烈批判

    「松本人志オワコン説」は本当か? ケンコバの元相方が長年の“悪しき慣習”を痛烈批判

  1. 6
    岸田首相長男やっと更迭…“どんちゃん忘年会”を報じなかった官邸常駐メディアはメンツ丸潰れ

    岸田首相長男やっと更迭…“どんちゃん忘年会”を報じなかった官邸常駐メディアはメンツ丸潰れ

  2. 7
    大人になったゆたぼん“元大物タレント”にソックリと話題に…背が伸び顔立ちすっきり

    大人になったゆたぼん“元大物タレント”にソックリと話題に…背が伸び顔立ちすっきり

  3. 8
    ジャニーズJr.「2大ドーム公演」23年ぶり開催が話題も…「2019年の悲劇」再びの可能性

    ジャニーズJr.「2大ドーム公演」23年ぶり開催が話題も…「2019年の悲劇」再びの可能性

  4. 9
    シャイなたけしが世界に再婚妻披露のワケ…事務所独立、糟糠の妻との離婚で起こった変化

    シャイなたけしが世界に再婚妻披露のワケ…事務所独立、糟糠の妻との離婚で起こった変化

  5. 10
    オリラジ中田敦彦が仕掛けた「松本人志批判」の余波、主張に賛同する人・納得しない人の割合

    オリラジ中田敦彦が仕掛けた「松本人志批判」の余波、主張に賛同する人・納得しない人の割合