世界初民間月面探査に参加“ベンチャーおじさん”が語る夢
現在、NASA(米航空宇宙局)は「アルテミス」計画で商業月輸送サービスとして民間企業に、ロケット、着陸船と探査車を委託している。その民間チームで、今秋、世界初となる月面探査をするのが、世界最小最軽量の月面探査車「YAOKI」だ。開発したのは、なんと東京・大田区の町工場。社長の中島紳一郎さんに宇宙への夢を聞いた――。
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大田区大森にあるロボット・宇宙ベンチャー企業「ダイモン」。社員はたったの6人で、平均年齢50代のおじさん集団だ。
JR蒲田駅から住宅街に向かって歩くとダイモンの作業所はある。「YAOKI」のオリジナルTシャツ姿で出迎えてくれた中島さんは、金属加工「東新製作所」の工場の一角を間借りしながら月面探査車の改良や実験を行ってきた。
■3.11を機に自動車会社から脱サラ
その中島さんは、自動車の駆動開発に20年間従事した技術屋さん。アウディ社の四輪駆動システム「quattro」の開発にも関わってきたという。ところが、安定していたエンジニアを突如、辞めてしまう。
「会社員時代の2011年3月11日、出張の帰途に東日本大震災に遭遇しました。電力不足に直面し、『もう自動車の時代は終わりかもしれない』と思いました。これからは自然エネルギーの自給自足型社会を目指すべきだと気づいたのです」
風力発電など再生可能エネルギー、電力の安定的供給の維持に自分は何ができるのか?
中島さんは、自動車開発で培った技術をロボット走行車に応用することを考えた。震災の翌年、ダイモンを創業。最初は風力発電やロボットの設計、共同開発の仕事を受託しながら、生活費以外の収益を月面探査車の開発につぎ込んできた。
しかし、最初から「月面探査車」を開発しようなどとは思っていなかった。
「会社を辞めてすぐ、発足したばかりの日本の宇宙ベンチャーの『ホワイトレーベルスペース・ジャパン〈現在のispace(アイスペース)〉』の月面探査チーム『HAKUTOプロジェクト』にボランティアとして参加しました。活動していくうちに、『本格的に月面探査車を造ってみたい』と考えるようになったのです」
3Dプリンターを使って造っては壊し、壊しては造るを100回以上繰り返し、19年4月についに「YAOKI」を完成させた。
「好きでやっていたから苦に感じることはなかったですね。仕事なら効率を考えますが、自分へのチャレンジとして始めましたから、自分が満足するかしないかが大事。8年かかりましたが、満足いく月面探査車が完成しました。大人になってからの壮大な夢って笑われたり否定されがちですけど、40代で会社を辞め、52歳でNASAと契約できた。今はネットがあって、やりたいことを世界に発信できるチャンスがある。個人の夢がかなえられる時代なんです」
動画を作って勝手に売り込んだ
そうなのだ。中島さんは日本を飛び越え、NASAに売り込んだのだ。NASAは人類初の有人月面着陸「アポロ計画」の後継プロジェクトとして、2024年に有人月面着陸、28年には月面基地の建設を開始する「アルテミス計画」を17年に発表している。その準備段階で商用月運送サービス「CLPS」を始めるのだが、その着陸船を受託したアストロボティックテクノロジー社と契約し、「YAOKI」は民間初の月面探査車になる。
だが、中島さんにはNASAにコネやツテはない。そこで自慢の探査車を開発して特許を取得後、まずはプロモーションビデオを撮影した。伊豆大島の火山岩で囲まれた日本唯一の砂漠で、月面を模した環境を走行する探査車を自身で操縦しながら撮影し、ユーチューブにアップしたのだ。
その動画をNASA、米スペースX社や米アストロボティックテクノロジー社などの代表メールに“勝手”に送信した。
「企画書などは書いていません。1~2週間くらいでしょうか。アストロボティックテクノロジー社に興味を持ってもらって返信がありました。米国は何でも大きい印象だけど、YAOKIを見て『こういう発想はなかった』と思ってもらったのでしょうね。数カ月、メールでのやりとりの後、契約書が送られてきました。詐欺じゃないかって緊張もありましたけど(笑い)。でも当時、私は52歳。人生100年ならまだ折り返しだし、命が取られるわけじゃないからいいやと決断しました」
■将来は福島の廃炉作業にも活用
YAOKIは、超小型軽量の二輪走行探査ロボット。従来の小型探査車に対し、重量で10分の1(600グラム)、大きさで50分の1(15×15×10センチ)を実現させた。
「月への輸送にはコストがかかりますので、従来と同じ性能でありながら、徹底的に無駄を省きましたね。四輪から二輪にし、走行性にもこだわった。名前の由来である七転び八起きのように、転んでも起き上がりやすい構造です。さらに30Gから100Gの重力にも耐えられる高強度になっていますし、さらに改良し、498グラム(よんきゅっぱ)で行ける探査車を目指しています」
月面の着地場は人類が初めて探査する古代地層に決まった。今回の打ち上げでは、水資源探査と洞窟を探査して居住区探しを考えている。しかしながら、今回はペイロード契約のため、撮影した写真や映像の権利はダイモン社に所属、また、さまざまな技術や素材を厳しい環境の月面でトライすることもできるという民間企業ならではの自由度も高い。
「地球から着陸機を経由してWi-Fi通信で操作します。もちろん、月面探査車は月だけでなく、地上での活用も考えています。月の宇宙放射線に耐えられ、岩盤を走行して任務を果たせたら、福島の廃炉作業にも使えるはずです。ドローンと組み合わせた被災地の点検ロボット、農地点検やトンネル掘削だってできるかもしれない。宇宙環境で成功した技術は地球で応用できるはずです」
50歳を越えてかなったチャレンジ。まだまだ夢の途上だ。