「僕はこういう女性を待っていた」思想史家の大家・子安宣邦氏が88歳で新たな恋に落ち、89歳で再婚した理由
日本思想史家の子安宣邦さんは、84歳で妻に先立たれたが、88歳で75歳の女性と出会って恋に落ち、89歳で再婚。92歳の今、新居で新婚生活を満喫中だ。相手は70代女性の性愛を描いた衝撃作「疼くひと」(中央公論新社)で話題になった13歳年下の映画監督・作家の松井久子さん。人は生き直せるのか──。
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子安さんと松井さんとの再婚までのいきさつは、実に自然な流れだったという。その詳細は著書「生き直し」(光文社)にもつづられている。
「ほんとうに、人は、いくつからでも生き直せるのです」
子安さんは大阪大学教授を定年退職後、ライフワークとして20年間、毎月大阪で1回、東京で1回、市民講座を開催してきた。松井さんと知り合ったきっかけは、2021年、松井さんがその講座に参加してきたこと。「市民講座の常連の知人男性が、〈今、話題になっている『疼くひと』の作者が私の友人なんです。今度、先生の講義に連れて行きますよ〉と言うので、その帰りに本屋で購入して一気に読みました。彼はポルノ小説と言ったけど、とんでもない。単なるポルノなどではない、フランス文学のような恋愛小説だと思いました」
子安さんは東京大学仏文科に在学していたこともあり、フランス文学に対する造詣の深さは人一倍。だからこそ、70歳の女性と55歳の男性の性愛を描いた「疼くひと」をフランス文学的な感覚で「生の本質を描いている」と評価した。まだ見ぬ作者の松井さんを「みずみずしい感性の持ち主」と認めていたのだ。
「日本の女性作家が、老齢女性の性の問題に正面から取り組み、ポルノ小説を超えた文学作品に昇華したという驚きがありました」
子安さんは松井さんに急速に惹かれていく。
「市民講座は固定メンバーではなく、希望すれば誰でも参加できる自由な場でした。講座後の懇親会にまで参加してくれた彼女は、初老の男性たちを相手に自由闊達に意見を述べ、毅然とした態度でした。対等に話せる人。思い返せば、僕はこういう女性を待っていたんですね。別れ間際にメールの交換をして、後日、思い切って自宅に招きました」
松井さんは、子安さんらに「年をとっても幸せになる権利はある」と言っていたという。子安さんはシュタイナー教育の第一人者だった妻の美知子さんを亡くして4年が経っていた。川崎の家で娘夫婦と同居していたが、生活は別々。スーパーで総菜を買い、ご飯を炊き、ひとりで夕食をとっていた。いわば老人の「男やもめ」。もっとも、長女が生まれた時から多忙の妻に代わって食事の支度に掃除、洗濯と家事全般に加え、育児までも一手に引き受けていた元祖「イクメン」。そのため、初めて松井さんを招いた時も用意はお手のもので、メニューはフランスの小皿料理であるソーセージやハムなどのシャルキュトゥリに、サラダ。キャビアの代わりにイクラ。ジャーマンブレッドにバター。そしてワイン。松井さんは、88歳男性の洒落たおもてなしに感動したという。
子安さんも正直に自らを語ってくれた松井さんに、気持ちがさらに傾いていく。
「年明けの正月に招かれて今度は彼女の家へ。監督した映画のDVDを一緒に見ました。作品に感動したのと同時に、彼女は想像を超えて、はるかにスケールが大きい人間だと再発見した。しかもこれまで知らなかった映画製作の現場の裏話を聴き、驚きました。帰宅してから娘に、『松井久子というのは、ものすごい大物だぞ!』と叫んだほどです」
子安さんはすでにひとりの女性、ひとりの人間として松井さんに惚れていた。そして恋心が加速するにつれ、自問自答する。
〈老後のひとりの人生をいかに生きるか?〉
〈子どもの世話にはなりたくない。夫婦とは何か?〉
〈自分は支えを必要としているのではないか?〉
〈終わるのならどのように死を迎えるのか?〉
そこに松井久子の顔が浮かんだという。
「もし彼女に会わなければ、学問の世界で自分は生を終えていたでしょう。机に突っ伏して、孤独死していたと思います」

















