72歳と62歳が「養子縁組」…現代版・横溝正史の世界
「死ぬまで気づかないでくださいよ、お父さん」
役所の窓口を離れ、自動ドアへと向かう男が小さく呟いた。62歳。仕立ての良い紺のジャケットに、手入れの行き届いたスエードの靴。その物腰の柔らかさと知的なまなざしは、どこから見ても「悠々自適なリタイア生活を送る紳士」そのものだ。
その手にあるのは、受理印のついた「養子縁組届」の控え。男が手にしたのは、友人の一生分を根こそぎにする「合法的な略奪ライセンス」である。
「これで親子成立!」
昨夜まで対等にグラスを傾けていた友人が、役所の受理印ひとつで、法的な「息子」へと成り上がった。
このグロテスクな逆転劇を、日本の戸籍制度はあっけなく許容する。
実は、72歳の老人には「軽度認知障害(MCI)」の影が忍び寄っていた。
夕暮れ時にふと集中力が途切れ、複雑な書類の細部を追うのがおっくうになる「思考の空白」を、62歳の男は見逃さなかった。
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