5月1日に秋篠宮夫妻が京都の泉涌寺に…“神道”信仰の皇族と「菩提寺」
これはあまり広くは報じられていないが、5月1日、秋篠宮夫妻は、京都の泉涌寺で催された「開山月輪大師八百年御遠忌」に臨席している。
皇室と言えば、その信仰は神道であるとされる。にもかかわらず、秋篠宮夫妻が真言宗泉涌寺派の総本山、泉涌寺の重要な儀式に臨席したのは、不思議に思われるかもしれない。
だが、泉涌寺は皇室ともっとも深い縁で結ばれた寺院であり、菩提寺の役割を果たしてきた。
開山月輪大師とは、俊芿という鎌倉時代の僧侶のことである。俊芿は宋の時代の中国へ渡り、天台・真言・律・禅の四宗を学び、帰国後に泉涌寺を建立した。俊芿には高い徳があり、泉涌寺は後鳥羽上皇をはじめ歴代の天皇の帰依を受けるようになる。
鎌倉時代は、源頼朝が鎌倉に幕府を開いたことではじまるが、武家政権は武力にものを言わせたため、社会は武力を伴った争いが頻発した。そうした騒然とした時代状況のなかで、徳のある僧侶は、権力者からの尊敬を集めたのである。
泉涌寺が皇室の菩提寺になる契機は、仁治3(1242)年に、四条天皇が転倒事故で12歳で亡くなったおり、その葬儀を行ったことにあった。山内には「月輪陵」と呼ばれる墳墓が造営され、これによって皇室との関係が深まった。南北朝時代の後光巌上皇からは、泉涌寺が歴代の天皇の葬儀を担うようになる。
















