女性天皇、女系天皇への道はどうなるのか…11から4つまで消滅「旧宮家」とは?
旧宮家の人間たちは、その後も皇室と交際を続け、宮中祭祀などにも呼ばれている。ただ、その身分は一般の国民とかわらない。民間人になったわけである。
こうした旧宮家は、当初は11あったわけだが、その後、断絶したところが少なくない。あるいは、男子がいないため断絶が見込まれているところもある。7つの家が断絶か、その見込みで、残っているのはわずか4つの家である。
旧宮家のなかで、もっとも歴史が古いのは伏見宮家で、他の宮家もすべてそこから発している。創設は室町時代の1456年のことである。この伏見宮家も断絶の見込みで、歴史の古いところから断絶している。明治以前に創設された宮家はすべてなくなる。
存続が見込まれる旧宮家でもっとも古いのは明治7(1875)年に創設された久邇宮家で、竹田宮家や東久邇宮家になると、明治39(1906)年と20世紀になっての創設である。
養子が現れるとしたら、こうした歴史の浅い旧宮家になるが、断絶した家が多いということは、いかに家を存続させることが、今日では難しいかを示している。側室が認められない現在の法制度のもとでは、家の永続は困難であり、天皇家や現在の宮家、旧宮家もその運命を逃れることが難しいのである。
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