「富嶽蒸留所」富士の麓で眠る世界レベルのウイスキーで頂点を目指す男の挑戦
フジテレビを退社して「世界一」に挑戦
笹川正平氏は異色の経歴の持ち主だ。祖父は日本船舶振興会(現・日本財団)の創設者、笹川良一氏。父親は名誉会長の笹川陽平氏。成蹊大卒業後フジテレビに入社し、営業を4年経験したのちバラエティーの制作へ。「クイズ!ヘキサゴン」のADを経て、SMAPの超人気番組を担当した。
笹川氏は「私の能力というより、どんな状況にも耐えうるだろうという“メンタルと肉体の強さ”を買われての起用だったと思います」と謙遜するが、そのメンタルと肉体は小、中、高、大と続けたラグビーによって培われたもので、筋金入りだ。
2017年、SMAP解散を転機にフジを退社。「後世に残せるような、自分の人生をかけた事業をやりたい」という思いから、ウイスキー事業に乗り出したのである。
親しんできた環境、最高の天然水、造り酒屋の遺伝子「点が線で結びつく天啓を感じました」
それにしても、なぜ、ウイスキーなのか。そこにはいくつもの偶然と必然がある。
「実は笹川家の家業が造り酒屋だったこと」「父が河口湖に別荘を持っていて、富士の雪解け水が玄武岩層にろ過され、最高の天然水になることや、年間気温がウイスキーにとって最適であることを知っていたこと」「ラグビーを通じた海外遠征で、生命の水ともいわれるウイスキーの素晴らしさを知っていたこと」
そんな中、知人から天啓のように酒つくりを勧められ、「これだと直感した」というのだが、決定的だったのは常に世界に目を向けている笹川家の家訓ともいうべき、DNAのような気がする。
「日本のウイスキーならば世界を目指せる」「日本であれば世界最高のウイスキーをつくれる」
だから、「ウイスキー」なのである。
ウイスキーつくりは息の長い仕事になる。とはいえ、車をつくるのと違って、設備投資は法外ではない。これらが笹川氏の背中を押した。あとはラグビーで培った猪突猛進である。
「まず国内外の蒸留所を巡って猛勉強しました。本場のスコットランドで“製造環境こそがウイスキーの個性を生む”という本質を学びました。事業立ち上げは困難の連続で、特に製造場所の確保は最も大変でした。開発規制の厳しい富士吉田市役所に何度も足を運ぶうち、本当に偶然、頓挫した工場計画の土地を購入することができたのです。そこが富士山の良質な伏流水に恵まれた理想の土地だとわかった時は、すべての点が線でつながったように感じました」

















