借金4000万円を抱えた26歳青年がIT企業を設立 年商8.5億円までどう這い上がったのか

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青野豪淑さん(フリースタイル社長)

 人材不足が深刻で、強引な引き抜きが問題となっているIT業界において、“引き抜きにあっても社員が辞めない”と評判の会社が名古屋にある。企業のシステムやゲームソフトの開発を請け負うこの会社だ。

 そのトップである青野豪淑さんが2006年にヤンキーやひきこもりなど問題児たち5人と始めた会社は、現在160人の社員を抱え、名だたる大企業とも取引するまでに成長。年商は8.5億円と、10億の大台も目前だ。

 人材育成術について、こう言う。

「来る者は拒まず。弊社では学歴、経験、人格すべて不問、やる気のみで採用しています。もちろん途中で挫折する人もいますが、大体3割は残ります。この人たちがまた優秀で、会社への忠誠心も高いんです。要は最初から選別せず、全員に愛情を注ぎ、育つのをじっくり待つということが大事なのでは」

 まるで教育者のような言葉だが、その境地にたどり着いた理由は、本人の山あり谷ありの人生にある。

 大阪市住之江区で6人兄弟の末っ子として生まれた。タクシー運転手の父親は酒癖が悪く、酔うと家族に手を上げた。

「原因は金。家の中は“赤紙”だらけでした。家庭内暴力が当たり前の中で育ったので、つらいとは思いませんでしたが、早く大人になって自分で稼ぎたいと思いましたね」

自己啓発セミナーのワナにはまり破産。自殺も考えた…

 高校を卒業するとすぐに大手の食肉チェーンに就職。朝一番に出社して懸命に働いたが、3年ほどでBSE(牛海綿状脳症)が発生。系列店の3割が潰れる中、「ここでは出世の見込みがない」と見切りをつけ、不動産会社の営業職に転身。持ち前のガッツで業績を上げ、月収100万円を稼ぐほどに。それでテングになったという。

「もっと稼ぎたい、成長したいと思い、自己啓発セミナーに通い始めたのですが、それが地獄の始まりでした」

 最初は5000円程度の参加費用だったが、やがて数万、数十万円の教材を勧められるようになる。最後の方は200万円の教材テープに惜しげもなく金をつぎ込むようになっていた。

「総額1億円は突っ込みましたね。最後は借金してまで教材を買っていました。働いて返せると思っていたのですが、不思議なもので、金に目がくらんだ状態で営業しても全く契約が取れないんです。結局金の切れ目が縁の切れ目。あれだけ親しく付き合っていたセミナーの人間が目を合わせてくれなくなり、それでようやく自分は用なしになったのだと気づきました」

 残ったのは4000万円の借金。とても返せる見込みはない。生まれ育った団地から飛び降りて死のうと考えたが、すんでのところで思い直す。

「どうせ死ぬなら、残りの人生は他人のために生きようと。小さい頃、ウルトラマンに憧れていたことを思い出しました。なのに人助けもせず、私利私欲のみを追いかけてきた罰だと思いました」

 まずは借金を少しでも返済するために、さまざまな職業を経験。ある時、派遣のバイト先で出会った19歳の少年が運命を変えるキッカケだった。

「全身入れ墨のとんでもないワルでしたが、自分の人生を悔いていました。そこで、自己啓発で学んだ内容を話したら、涙を流して感動したんです。あ、もしかしたら人助けになるかも。よし、こいつを一人前にしてやろうと考えたんです」

 そうこうしているうちに、この人の元には、ヤンキーやひきこもり、夜の街を徘徊する少女など、問題を抱えた子どもたちが集まるように。その数500人。やがて就職支援なども行うようになるが、中には問題を起こして解雇され、舞い戻ってくる者たちもいた。

「彼らが言うんです。『青野さんが会社を立ち上げて社長になれば、僕たちをクビにできないですよね』と。それが起業のキッカケです(笑)」

 2006年、フリースタイル設立。ヤンキーやひきこもりなど、いわゆる社会の落ちこぼれたち5人との船出だった。

急成長の秘訣は来るもの拒まずの全員採用!残った3割が会社を押し上げる

 業務内容をITにしたのは、「人と会わなくて済むプログラミングならひきこもりにもできると思ったのです。人懐っこいヤンキーには営業をやらせればいいと」。

 トップのミッションは、ズバリ社員5人のために仕事を取ってくること。あらゆる場所に飛び込み営業をかけた。例えばこんな場所にも──。

「大手都市銀行の窓口で“ヤンキーを助けるためにITの仕事を下さい!”って(笑)。出てきた支店長に『あなたの得にはならないが、人助けにはなります!』と訴えたら感動してくれましてね。“でもうちにはITの仕事がないから”と下請けのシステム会社を紹介してくれました」

 ただし当時は素人の集まり同然の会社。せっかく紹介してもらっても引き受けられる仕事は少なく、ごく初歩的なデバッグ(プログラミングミスを見つける)作業ぐらいが関の山。それでもめげずにこなしていくと「どんな小さな仕事でも引き受ける会社がある」と評判に。プログラミング技術も向上し、徐々に大きな仕事も取れるようになっていった。

「落ちこぼれと言われている人間に仕事を覚えさせるコツは、私利私欲をモチベーションにすること。例えばヤンキーには『たくさん仕事を取ってくればキャバクラに行ける』、ひきこもりには『プログラミングを覚えれば一生人と会わずに食っていける』といった具合(笑)。本来人間は怠ける生き物で、彼らは人一倍欲求に素直なんですよ」

 問題児たちを抱えていることで得をすることもあったという。

「納期が遅れても、『あんたも大変だね』と許してくれました。もちろん今は、そんなことはありませんけどね(笑)」

 仕事が順調に回り始めると、口コミで就職希望者も増えていった。もちろんヤンキーやひきこもりばかり。それでも、やる気さえあれば学歴、経験、人格問わず受け入れた。しかし公平に仕事を教え、愛情を注いでも、7割は辞めていったという。

「もともと根性がない子たちですからね(笑)。最初は辞められると悲しくなりましたが、それも彼らの自由。残った3割を大事にしようと割り切るようにしました」

ニンテンドーのコンテストで3位ランクの偉業

 IT会社は優秀な技術者がいなければ良い商品(プログラミング)を作れない。それは後の廃業を意味する。だから引き抜きが横行しているのだが、引き抜かれた人間はまた別の会社に引き抜かれるだろう。それではいつになっても会社の地力は上がらない。だが、この会社は違う。残った3割はどん底を救ってもらった恩義があるので簡単には辞めない。

「月給40万円のプログラマー社員は『月給100万円の引き抜きを断った』とわざわざ自慢しに来ました。私は行った方がいいよって勧めたんですけどね(笑)」

 そんな彼らが3年前に手掛けた「オバケイドロ!」というゲームソフトは、ニンテンドーのインディーズ部門ランキングで初登場3位を記録。「高学歴が当たり前のゲーム業界で、元トラック運転手や高校中退のひきこもりが作ったゲームが上位にランクされるのは異例なこと」と胸を張る。

 モットーは「人が育てば自然と売り上げは上がる」だ。だから今の大手企業間の熾烈な引き抜き合戦を冷ややかな目で見つめる。

「もともと優秀な人材にお金をかけても日本のGDPの底上げにはなりませんよ。底辺といわれる人たちを育てて、たくさん稼げるようにしてあげないと!」

 現在は障害者施設と連携し、入所者にプログラミングを教えている。これも日本経済の底上げの一環だ。3年後には、彼らが開発したゲームを世に出すのが目標。

「いまの世の中は仕事の下に人がいる。だけど本当は人の下に仕事があるべき。そうした方がうまくいくということを、私は自分の会社で証明してみせたいんです」

 理想論者というなかれ。閉塞した日本を救うのは、青野さんのようなドンキホーテかもしれないのだから。

(取材・文=いからしひろき)

▽青野豪淑(あおの・たけよし) 1977年、大阪府生まれ。高校卒業後、食肉店に勤めるもBSE(牛海綿状脳症)のあおりで転職。不動産営業などさまざまな仕事を経験するも、自己啓発商材に手を出し26歳で4000万円の借金を背負う。自殺を考えるが、他人のために生き直そうと決意。ヤンキーやひきこもりなどの若者を救うため、2006年にIT企業「株式会社フリースタイル」を設立。当初5人だった社員は現在160人、年商は10億円に迫る。著書は「ヤンキーや引きこもりと創ったIT企業が年商7億」(朝日新聞出版)。

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