元永知宏氏「甲子園が暴力を生みメディアが助長している」

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元永知宏氏(スポーツライター)

 新型コロナウイルスの影響で中止となった今春センバツの出場32校を招く「2020年甲子園高校野球交流試合」が10日に開幕する。一方、昨年9月には高校野球の名門・横浜高(神奈川)で当時の指導陣による部員への暴言や暴力行為が発覚。指導陣が解任されるなど、暴力事件が後を絶たないのが実情だ。今年3月に「野球と暴力」(イースト・プレス)を上梓した気鋭のスポーツライターに、甲子園大会といまだに球界にはびこる暴力の関係などを聞いた。

  ◇  ◇  ◇

 ――10日から交流試合が始まるが、夏の甲子園大会は中止。無観客で開催できなかったのか。

 できたかもしれません。でも、地方大会からリスクをゼロにすることはできません。春のセンバツにしても、私は強行すると思っていましたが、ギリギリまで待って決定しました。野球だけ特別なのかという風が吹いていたし、それが球児に向くのは避けたいという思いはあったでしょう。91回も続いていた大会をやめるという決断は難しかったと思いますが、センバツは我慢して夏の大会をやろうというのが全体の総意でした。それが、夏まで中止になったのは驚きました。3年生の選手はもちろん、保護者が一番ショックだったと聞きます。

 ――日本高野連は早々と5月に中止を決定した。今回の交流試合にしても、場当たり的な方策に見える。

 確かに中止の決定は早いと思いました。夏の甲子園は阪神球団との関係があるでしょうけど、地方大会は多少遅らせることができます。ただ、緊急事態宣言が出ている中で、全国大会を行うという決断も難しい。ここにきてまた感染者が増えているし、結果的に仕方なかった。センバツに出場する32校は決まっていたわけで、日本高野連が打ち出したセンバツ出場校が1試合を行うという交流試合案はベストだったと思います。各都道府県が独自大会という形で開催したのも良かった。何かのきっかけになるかもしれません。

横浜高指導陣と広島・緒方前監督の事件

 ――「野球と暴力」を出版された経緯は。

 3年前に「殴られて野球はうまくなる!?」(講談社+α文庫)という本を出したんです。昭和の野球には確かにあったが、平成の終わりには野球界の暴力は収まりつつあるという前提で書いていました。しかし、その後も高校野球界で監督の暴力、暴言シーンを生徒が動画で撮って、それが流出したり、それによって出場停止や謹慎処分になるということが相次いだ。昨年は強豪・横浜高校の指導陣が暴力、暴言のために解任されたり、プロ野球の広島・緒方孝市前監督が選手を殴打したという事件が起きた。プロという最高峰の舞台でさえ、いまだに指導者が見えないところで暴力を振るい、暴言を吐いている。全然変わってないなというのがあった。学校も日本高野連も含めてですが、「臭い物にフタ」という風潮がいまだに残っている。微力ながら問題提起ができればと思い、取材し直しました。

 ――総本山の日本高野連はなぜリーダーシップを取れないのか。

 高校の場合、高野連の罰則があるため、まだ抑止力になっているところはあります。一番つかみきれないのは、リトルリーグの小学生とシニアなどの中学生。ここが最も風通しが悪い。報道するマスコミも見て見ぬふり。「野球界はそういうもんだよね」というスタンスで報じているのも、おかしい。そもそも、学校の教育者が生徒を殴っちゃいけないなんて、教育機関として当たり前。「殴っても勝てばいい」なんて理屈は通用しません。

 ――でも暴力はなくならない。

 野球部だけが許されるとか、野球部を強くするために暴力的なことを見て見ぬふりをしている学校があるなら異常です。高野連が罰則を厳しくすればいいのかというと、そういう問題ではないと思います。広島・緒方前監督の事件にしても、大した問題になりませんでしたよね。普通の企業でトップがやったら、厳重注意という軽い処分で済んだのか。寛容というか甘すぎます。特に野球界が顕著。高校生でいうと、「甲子園」という象徴的なものが関係しています。

■全権持つ監督に一極集中の危うさと怖さ

 ――甲子園に出るためなら、というのが免罪符になっている。

 NHKがテレビ中継を始めて60~70年(1953年~)。だいたい10年に1度、世間を巻き込むようなスーパースターが生まれています。我々の時代では荒木大輔さん(早実)、KKコンビ(清原和博、桑田真澄=PL学園)、松坂大輔(横浜)、斎藤佑樹(早実)、最近では2015年の清宮幸太郎(早実)。18年の100回大会は2週間で100万人を超える観客が入った。甲子園大会は揺るぎのない一大イベントであることは間違いありません。それをベースにプロ、大学、社会人野球などが成り立っています。厳しい指導と上下関係、猛練習はワンセット。それに耐えて初めて甲子園の土を踏む資格があると誰もが思い込んでいました。

 ――甲子園大会がある限り、根絶は難しい。

 みんな甲子園に出たいんですよ。ただ、強豪校に行かないとダメなわけではないのに「確率が低い」と本人と親が自ら選んでいるんです。そもそも、過去から暴力なんてなかったことになっている。暗黙の了解として、厳しい監督が猛練習を課して、手も足も出るけど、勝ったから、甲子園に出場できたから素晴らしい監督だ、というのが何十年も続いていて、それを過去からひっくり返すのは難しい。甲子園大会の肥大化が暴力問題につながっているという面は、やはり否定できないと思います。

 ――甲子園に出たい監督の「勝利至上主義」は関係しているか。

 それはあるでしょう。高校生は実質、2年4カ月しか時間がない。そもそも、監督の甲子園通算勝利数を換算するのも独特です。全てを決められる監督に権限が集まります。甲子園通算勝利数とか言われるようになったのは、平成になってからではないでしょうか。そういう風潮もメディアがつくったもの。強豪校の中でも「それが偉いのか」と言う監督もいます。勝利数なんて監督同士の意地の張り合いに見えます。本来、選手にはあまり関係のないことです。

 ――甲子園大会は春も夏もマスコミが主催している。

 春は毎日新聞、夏は朝日新聞の主催。どちらもNHKが1回戦から決勝戦まで全試合中継しています。そうなると当然、指導者の暴力や部内のいじめを告発しにくくなります。知っていても報じない。臭い物にはフタをして、国民的なイベントになった甲子園大会を美化して報じることになるわけです。メディアのあり方と暴力問題は無関係ではないでしょう。

 ――新型コロナウイルスの影響で高校野球界は変わるのか。

 この自粛期間中に野球界の暴力がある程度は排除できたんじゃないかと思っています。練習ができず、寮からも帰され、これまで続いていたことがいったん止まった。大きいのは、指導者が野球のない期間を過ごしたこと。一度頭をリセットして、1~3年生の上下関係、監督が選手を説教したり、昔ながらの猛練習をやる意味を考えたはず。何でこんなことをやっていたんだろう。バカバカしいと気が付いた人が多いのではないでしょうか。強豪校なら1日7~8時間ほど猛練習をしているが、コロナ禍でそれがなくなった。時間がある中で、それでも暴力は必要だと思う人は、野球界から去るべきです。

(聞き手=増田和史/日刊ゲンダイ)

▽もとなが・ともひろ 1968年、愛媛県大洲市生まれ。大洲高から立大。野球部4年時に23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て、現在はフリーランス。著書に「近鉄魂とはなんだったのか?」「荒木大輔のいた1980年の甲子園」(集英社)、「レギュラーになれないきみへ」(岩波ジュニア新書)などがある。

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