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友成那智スポーツライター

 1956年青森県生まれ。上智大卒。集英社入社後、今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流、米国での現地取材も頻繁に行いアメリカ野球やスポーツビジネスへの造詣を深める。集英社退社後は、各媒体に大リーグ関連の記事を寄稿。04年から毎年執筆している「完全メジャーリーグ選手名鑑」は日本人大リーガーにも愛読者が多い。

最も熱心に社会貢献活動する選手に与えられる「ロベルト・クレメンテ賞」にはMVP級の大物がズラリ

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 17年に受賞したアンソニー・リゾ(昨年までヤンキース)は18歳のとき血液がんの一種であるホジキンリンパ腫と診断され、抗がん剤による治療を受けて激ヤセした経験があった。そのためカブスでメジャーに定着したあと、がんの研究と患者の家族の支援を目的としたNPO法人を立ち上げ、毎年、ファンドレイジングイベントを開催。小児がんの患者を収容する病院に寄付した分だけで400万ドルを超す。

 日本人選手では元ヤンキースの松井秀喜が、04年スマトラ沖地震で南アジア地域を大津波が襲った際、日本赤十字を通じて50万ドル寄付したことがあったが、同じチームに社会貢献に熱心なジーターがいたため受賞したことはなかった。

 現在、日本人選手で一番近いところにいるのは大谷翔平だ。大谷は一昨年12月から翌3月にかけてニューバランス社製の少年用グラブ6万個を日本の各地の小学校にプレゼント。その費用は諸経費込みで安めに見積もって1億5000万~3億円といわれている。LAで発生した山火事にも50万ドル寄付している。

 ただ、同じチームに救世軍の熱心な信者でさまざまなことに気前よく寄付するフリーマンがいるので、受賞の可能性が出てくるのは彼がチームを去る28年以降になるだろう。

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