川端順氏が高代延博さんを悼む…「陰のヘッドコーチ」のような存在で多くの名シーンを生んだ
相手選手のクセを見つけるのも得意だった。広島・三村敏之監督の傍らで「次、外しましょう」などと進言。これがよく当たるため、「陰のヘッドコーチ」のような存在に。「川端よ、ウチの投手にこんなクセが出とるぞ」と教えられたこともある。
私が引退後に投手コーチになってからは、一緒にベンチに入った。高代さんは移動日などによく監督とコーチ陣の飲み会を開催した。酒を飲むと陽気になる性格。歌もうまく、服を脱いでステージに上がり、石原裕次郎の「北の旅人」を歌い上げるのが定番だった。私はそんな高代さんを「コーチキャプテン」と呼んでいた。
高代さんはこんなことも言っていた。
「データを集めるのは簡単や。それをどう生かすか。選手が実戦でどう生かせるかを考えるのがコーチの仕事なんや」
2度の日本代表、NPB6球団、韓国1球団で31年間コーチを務め、現役時代を合わせ、計42年間もユニホームを着続けた。
高代先輩、早すぎますよ。心よりお悔やみ申し上げます。(談)


















